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炎ゆる 琥珀の/神の/掌の 襞/ひらけば/開く/歴史の 喪章 湊喬彦

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 炎ゆる 琥珀の

神の    

()の 襞  

ひらけば  

開く    

歴史の 喪章

湊喬彦
(風の花冠文庫『俳句詞華集 多行形式 百人一句』)


あえて初出時の筆名を使ったが、本名は三好行雄。文学研究の方法として独自の「作品論」を提唱し、八十年代までの日本近代文学研究をリードした国文学者である。その後八十年代末頃から研究のモードはテクスト論へ、さらにカルチュラルスタディーズを取り入れたスタイルに移り、多様化・細分化した。三好は九〇年に急逝するので、その後の歴史をみることはなかったが、いまや日本文学研究をしている人でも、若手となれば三好行雄の論文を一通り読んでいるという人はそんなにいないのではないかと思う。その三好が若い頃、髙柳重信の下で俳句の実作や評論を行っていたことは、三好の直弟子である川名大の書いたものや、その川名について書いた外山一機のものを読むと知ることができるが、あるいは多くの俳人にはピンとこない話かも知れない。

私事になるが、自分が大学、大学院と指導を受けた教授も、その三好行雄の弟子の一人であり、三好行雄は師の師ということになる。筆者の師も基本、丹念に作品を読み解いて作家論へ、さらには文学史へ、という方法を受け継いでいる研究者の一人であり、大学院の授業では当時刊行されてまもない『三好行雄著作集』をテキストにした講義も行われたと記憶する。たしかに三好の「作品論」の文章は読むととても面白いのだけれども、三好の方法は、彼一人の卓越した文学的センスに拠って立つ批評能力の力が大きいと感じたし、それより何より自分もまわりも当時はテクスト論関連の知識の吸収で必死だったころ(ジュネットの何を言っているのかさっぱりわからないテキストを共同で読むとか)で、そっちやりませんかと師に提案してみたこともあったが、指導教授にはテクスト論をやるより今は小林秀雄の方が面白い、とかわされてしまった。

さて、掲句。一字あけと行あけの刻みは、「3・4/3/2・2/4/3/4・3」。縦表記でみると、中央から鷗の翼のような左右対照形に言葉が配置されている。もちろん、意図的な配置だろう。これを多行と空白を無視して一行表記にしてみると「炎ゆる琥珀の神の掌の襞ひらけば開く歴史の喪章」となり、28音を「7777」の律で読むことになるだろう。意味の解析を試みると、「琥珀」は具象物だが、イディッシュ語で「燃える石(bernstein)」を意味するから、第一行はそのあたりから連想されていると想像されるが、句の中では文字通り炎を灯している石として詩的表現に加工されていると読める。そのつながりからすると、この「神」はユダヤ教・キリスト教社会におけるそれを想起させるだろうか。それを補助線とするとしても「神」や「歴史」はそれだけではあまりに抽象的で、句中の語の係り受けも立体的になるように意図されてあると思われ、作品内世界の展開規模が具象性を欠きながらひどく大きく、抽象度が高い。しかし、「掌の襞」は、手相(と占い)を想起させてだいぶ具体的で人に身近な身体表現と読めるし、「ひらけば/開く」もやや曖昧だが「襞を ひらけば 開く 喪章」とつなげば一応意味は通る。そして「歴史の 喪章」というのは何やら喩的なのだが、「喪章」だけをとってみればこれも衣服に身につける弔意を示す具体な物だ。これらをつなぎ合わせると、神を擬人化し、歴史が多く人の死を記録するものであってみれば、そこで解釈のラインを引くことはできそうだが、むしろこの一句の多行は、文脈の錯綜の中にあれこれの詩的言語機能の発生を目論んでいるようにも思われ、一本の理解の文脈へと無理に糸を通すことにそれほど意味があるとも思われない。それは作品を解釈・理解することとはどういうことなのか、ということへの挑戦的な創作とも思われ、力業で作品から一人の「作家」を練り上げた研究者三好行雄の態度とは一線を画すようにも思われる。

おまけに。琥珀がイディッシュ語で「バーンスタイン」だと解ったところで、もしやこの句は、あの有名な指揮者をイメージして詠まれたものであり、多行の視覚デザインは指揮者の両手を広げた姿の投影ではないか、などと一瞬思ったのだが、それを立証する術は残念ながら手元には無い。

橋本直


【橋本直のバックナンバー】

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>>〔1〕色里や十歩離れて秋の風       正岡子規


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


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