あきかぜの疾渡る空を仰ぎけり 久保田万太郎【季語=秋風(秋)】

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あきかぜの疾渡る空を仰ぎけり

久保田万太郎
『久保田万太郎俳句集』2021年


秋風が空を疾走しているのを仰ぎ見ている、という。「疾渡る」には「とわたる」とルビがふってある。しかし「とわたる」は普通、「門渡る」で、川や海峡を渡る場合に使う語であり、「疾渡る」は見たことがない。他の用例を探すと、薄田泣菫の「金剛山(こんごうせん)の歌」(『泣菫詩抄』※引用は青空文庫から)中に

また峰中の山ぞひに、  

風は()(わた)り駈けめぐり、

があるのに当たったが、これは山麓を駆け巡る風に用いてあるので、万太郎とはいささか趣を異にする。いまのところこれ以外の用例は未見。泣菫の詩は明治三十六年の発表で、万太郎の句は昭和十五年作なので、万太郎が泣菫詩を参照した可能性はあるが、独自の用語である可能性もある。

さて、掲句。秋風が空を疾走していくのが見える、という。合理を持ち込めば、雲は素早く動いていることから、となるかもしれないが、万太郎はそうは言ってはいない。見えないものが見えているというのである。「疾渡る」という特殊な用語といい、いささか異様な印象を持つ。

タネ明かしをしてしまえば、掲句は小村雪岱の追悼句なのである。万太郎と雪岱は泉鏡花を囲む会(九九九の会)のメンバーで親交があり、雪岱は万太郎作品の装幀を多く手がけていて、掲句の引用元の岩波文庫『久保田万太郎俳句集』の表紙にも雪岱の画が使ってある。万太郎は亡き雪岱の魂のありどころを空に見ているのだろう。だから「あきかぜ」はただの「あきかぜ」ではない。万太郎の目には、見えないものが駆け抜けてゆくのが見えているのである。

橋本直


🍀 🍀 🍀 季語「秋風」については、「セポクリ歳時記」もご覧ください。


【橋本直のバックナンバー】

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【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


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