ハイクノミカタ

さて、どちらへ行かう風がふく 山頭火


さて、どちらへ行かう風がふく 

山頭火(「草木塔」)


画面には左右いっぱい、地平線の荒野。その中央に、どこまでもまっすぐ一本の道が延びている。その道を、一台のバイクが走っている。そのシーンがしばらく続いた後に、この句がナレーションとともに表示される。これは1990年前後に、バイクのイメージCMで実際に流れていた風景。そのころはいわゆるバブル経済真っ盛りで、その浮かれ世の反動で厭世観が底流したものか、何度目かの種田山頭火のブームが到来していた。個人的な話をすれば、私もそこではじめて山頭火を知ったし、読むと面白くなって卒論のテーマに選んだ。そうすると、宮澤賢治の自主ゼミを通して交流があって、それまでは俳句のことなど一言も言わなかった卒論の指導教授が、実は若い頃に高柳重信の「俳句研究」に投句していたことがわかった。卒論がお眼鏡に適ったのかその後句会につれて行かれ、なんやかんやでそこから今につながる。つまり山頭火がいなければ、私は俳句の研究も実作もやっていなかっただろう。おそらく、山頭火ブームは好景気の影と連動している。今やラーメン屋のほうが有名になっている気がするが、いつか再び、俳人種田山頭火のブームがおこる日はくるだろうか。

さて掲句は、さみしがり屋でいつも酒で失敗ばかりしている放浪のダメ俳人山頭火のイメージで彼を見る人には、ちょっと余裕があってみえたりキザに映るのか、あまり人口に膾炙していない句のように思うけれども、本当の根無し草の放浪の実感を表現し得ているのではないだろうか。だから、放浪願望をもつ人には、我が意を得たり、という感じの句ではないかと思うのだけれど。ついでながら、「どちらへ行かう風がふく」は七五調であり、「さて、」の読点の休符が長いものとみれば、自由律といいつつ音数律は限りなく五七五に近い。山頭火に限らず、自由律の句には時折そのような句がある。そもそも理論的には定型をベース(というか踏み台)にしているのだから当たり前といえば当たり前なんだけれども。

橋本直


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


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