ハイクノミカタ

をぎはらにあした花咲きみな殺し 塚本邦雄【季語=荻(秋)】


をぎはらにあした花咲きみな殺し 

塚本邦雄(「句集青菫帖」)


塚本邦雄が俳句を詠んでいたことは、当たり前だが知っている人は知っている。しかし、どうやら俳人一般にはそう知られている話でもないらしい。「塚本邦雄全集第四巻」(ゆまに書房 2000年10月刊)を繙くと、塚本は大量の小歌集を編んでいるのだが、それに混じって小句集や句歌集、百韻集、折本句集等を編んでいるのがわかる。掲句はその中の一つ、「靑菫帖」からとったもの。「みな殺し」とはずいぶんおどろおどろしい内容の句であるけれども、この次の句が「したたかに櫂もて打てり花のみを」なので、皆殺しになるのは荻の花なのかもしれない。それにしてもあの塚本の作品と思えば、いろいろ深読みをしたくなる向きもあるかもしれないけれども、種を明かしてしまえば、これらは目的のための手段のようなところのある句だったりする。

本句集の扉を開くと、「川口霽亭著『良寛の俳句』上梓を祝ひ、あげまきの昔をしのぶすみれ草 良寛を上・下に織りこんだ十四句を『靑菫帖』と題し」云々と断り書きがあって、川口霽亭なる人物の単著上梓を言祝ぐための一冊であったとわかる。そして、本当に十四句を紙一枚に一句のみ印刷して一冊に仕立ててある。装幀は本編に負けないくらい厚い表紙の上製で、函まで付いてくる凝りようである。塚本と川口の親交については未詳であるが、このような祝い方をされるのは嬉しかったのではないだろうか。余談ながら、この引かれた良寛の句は、実は良寛の父以南の句であるという指摘もあるようで、となると間違いで喜んでいることになってしまい、どうも後世の一読者としては後味が悪い。ともあれ句集十四句の出来云々の批評をするよりも、かようなことを楽しむことができた時代と作家たちを言祝ぐべきか、などと思ったりする。

句集末に付された所収俳句の一覧

(橋本直)


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。

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