ハイクノミカタ

マグダラのマリア恋しや芥子の花 有馬朗人【季語=芥子の花(夏)】


マグダラのマリア恋しや芥子の花

有馬朗人
(『天為』)

 マグダラのマリアは、新約聖書中の福音書に登場する女性である。イエス・キリストに従った娼婦として知られている。キリスト教に詳しくない私は、子供の頃に教会から貰った絵本での印象が強い。己の美貌に酔い娼婦となり、人から蔑まされていたところをイエスによって救われる。旅中のイエスが立ち寄った家に香油を持って現れたマグダラのマリアは、感動のあまり涙を流す。その涙はイエスの素足に落ちたため、長い髪で拭い香油を振りかける。その時イエスは「あなたの罪は赦された」と言う。その後は、イエスと行動を共にし、磔の刑も埋葬も見届け復活にも立ち会う。

 女性とは、どの宗教でも業が深いと語られるものである。女性の罪を赦すのは神なる存在である。罪深い女性ほど魅力的なのものはない。男性を迷わす罪、これが一番重い。神なる存在は、罪を犯した女性の心の痛みを理解し、純粋な状態に戻すことができる。

 アンデルセン童話『赤い靴』の美少女カーレンは、孤児となった自分を育ててくれた老婦人の目を盗んで赤い靴を買う。教会の礼拝にも赤い靴を履いて行き、さらには老婦人が危篤の際にも赤い靴を履いて舞踏会に出掛けてゆく。すると赤い靴が自分の意思とは関わりなく勝手に踊りだしてしまう。カーレンは昼夜もなく踊り続け、老婦人の葬儀にも参列できず、疲弊する。首斬役人に懇願して両足を切断し、義足を作って貰う。その後、教会で働きながら罪を償う。最後は神に赦され天へ召される。女性とは、生まれながらにして罪深い生き物であるから、清らかに生きなければならないのだ。欲望の象徴である赤い靴を欲しがってはいけない。靴は、女性器のメタファーとも言われている。シンデレラのガラスの靴にもそのような解釈がある。カーレンの赤い靴は、切断された彼女の足と共に踊り続ける。美しい足を捨てたことによりカーレンは性欲の罪から逃れることができたのだ。

 マグダラのマリアには、イエスの娘を生んだという伝説がある。娘の子孫は、のちにテンプル騎士団にて匿われたとか。映画『ダ・ヴィンチ・コード』では、その謎を探る過程が面白く描かれている。神聖なるイエスと娼婦マリアとの間に生まれた娘の存在は、隠蔽されなければならなかった。神の教えを説くイエスが恋に疲れ果てた娼婦を愛し、子供を作ったとして、何の罪があるのだろうか。娼婦マリアに惹かれたイエスの人間的な感情こそ美しいと思うのだが。

  マグダラのマリア恋しや芥子の花   有馬朗人

 作者の有馬朗人氏は、物理学者である。東京大学総長、理化学研究所理事長を経て、参議院議員として文部大臣や科学技術庁長官などを歴任したことでも知られている。俳人にとっては、誰もが崇拝する天才作家である。海外にて過ごすことも多かった作者は、キリスト教にも詳しかった。

 芥子の花は、咲き終わると芥子坊主と呼ばれる球形の実を結ぶ。種類によっては、アヘンの原料になる。そこから精製されるモルヒネやヘロインは、中毒性のある麻薬である。薬草としての一面もあるのだが、毒々しいイメージが強い。

 私が小学生だった昭和の頃、母が友人の家の庭に咲いていた芥子の花に惹かれ種を貰ってきた。深紅の花弁を滴らせ夏を染める芥子の花は美しく良い香りがした。お茶を飲みにきた村人が種を欲しがったのであげた。やがて村中の庭が赤く染まった。ところがある日、母の友人から電話が来る。「私が渡した芥子の種は、アヘンが採取できる種類のようなの。今日、警察が来て驚いているところ。一刻も早く引き抜いて頂戴」と。梅雨が始まる前の暑い日であった。庭中に咲いた赤い花を引き抜いていると警官がやってきた。「アヘンを製造するつもりが無いのは知っています。この花の種を誰にあげたのか教えて下さい」。警官は、村中の家を廻り処分するよう指示した。赤いドレスのような芥子の花を処分する時、悔しい気持ちになった。繁殖力のある花なのか、翌年も数本咲いた。秘かに一本だけ花瓶に飾ろうとした私の手から、母が強引に奪い取っていった。※現在は引き抜かずに保健所へ連絡。

 それから20年近くが経ち、村を歩いていると、とある家の庭にあの時の芥子の花が咲いていた。一緒にいた姉が「やっぱり綺麗だよね。あの家の人に種を分けて貰おうか」などと言いだす。すると昼間から泥酔した男性が出てきて「人の庭に文句あんのか」と怒鳴ったので逃げ帰った。「やっぱりヤバイ花だよね」と笑い合った。気になった村人が調べたところ、アヘンが採取できる芥子に似た品種で違法性が無いことが分かった。

 今でも毒々しいまでに赤い芥子の花を見ると、あの日の悔しさが蘇る。変な疑惑を持たれるぐらいなら咲かせない方が良いのは分かっている。だが救いたかった。

 ふとマグダラのマリアを愛したかもしれないイエスのことを考えた。イエスの孤独を救える存在としてマグダラのマリアが寄り添っていたのであれば、誰がその恋を非難できようか。聖人だって恋をするのだ。そして娼婦であれば救いを求めるのは当然のことだ。生まれながらにして毒々しい色気を持つ芥子の花。人の心を惑わしつつも生きなければならなかった赤い花の孤独を誰が救えるのだろう。愛することを知らなければ聖人にはなれない。

篠崎央子


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あの「愛の月曜日」が句会になった?! 5月から篠崎央子さんの句会が荻窪の俳壇バー「鱗kokera」ではじまります! 火曜日開催なので「愛の火曜日」💕 参加申し込みはこちらまで(下記バナーをクリックしてください!)。

【6月6日「愛の火曜日句会」第2回】
恋の句を詠もう!!というわけで「愛の火曜日」を荻窪の「屋根裏バル 鱗kokera」にて開催致します。
第2回は【6月6日(火)】です。恋の句を5句持参にてご参加下さい。
○句会場:「屋根裏バル 鱗kokera」(荻窪駅から徒歩3分)
○会場受付:18:00 出句締切:18:30(メールにて遅刻投句受付あり)。
○出句のきまり:5句出句5句選 恋愛の句(恋の雰囲気があればOK)
○参加費:3,000円(飲食込み)
参加希望者は、メールにてお知らせください。初心者歓迎!!
◆屋根裏バル 鱗kokera
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篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


【篠崎央子のバックナンバー】

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>>〔93〕青い薔薇わたくし恋のペシミスト 高澤晶子
>>〔92〕恋終りアスパラガスの青すぎる 神保千恵子
>>〔91〕春の雁うすうす果てし旅の恋   小林康治
>>〔90〕恋の神えやみの神や鎮花祭    松瀬青々
>>〔89〕妻が言へり杏咲き満ち恋したしと 草間時彦
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>>〔4〕男欲し昼の蛍の掌に匂ふ      小坂順子
>>〔3〕梅漬けてあかき妻の手夜は愛す  能村登四郎
>>〔2〕凌霄は妻恋ふ真昼のシャンデリヤ 中村草田男
>>〔1〕ダリヤ活け婚家の家風侵しゆく  鍵和田秞子


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