ハイクノミカタ

青い薔薇わたくし恋のペシミスト 高澤晶子【季語=薔薇(夏)】


青い薔薇わたくし恋のペシミスト

高澤晶子
(『現代俳句選集』)

 合コンをすると男性でも女性でも一人は、恋愛悲観論者がいる。いわゆるペシミストである。達観しているともいえる。「恋をすることは愚かなこと」「恋をしても得るものはない」さらには「恋する者は馬鹿をみる」など。それらの発言は、説得力がある。恋をして傷ついた経験がなければ言えないと思ったのだが。実は、意外とそうでもない。

 同級生のアオイさんは、10歳の時に父親の浮気が原因で母親が家を出て行ってしまい、年の離れたお姉さんに育てて貰った。高校に通いながら、家事をこなすお姉さんに憧れたのは当然のことである。お姉さんには、恋人がいて、よく一緒に遊んでくれた。休日のある日「今日は帰りが遅くなるから、カレーを温めて食べてね」と言って出かけて行ったお姉さんは、薄化粧をしていて綺麗だった。その日の夜中、お姉さんの部屋から泣き声が聞こえた。どうやら恋人に振られたらしい。それから数日間、お姉さんは学校も休み、料理も作らなかった。恋を知らない少女だったアオイさんは、恋なんて馬鹿みたいと思ったらしい。大学生になって、恋をしないアオイさんは、男性の憧れの的になる。女性からも崇拝されていた。アオイさんが魅力的に映ったのは、クールな横顔にどこか寂しげな影があったからだ。幸せになって欲しいと願っている。

 文学少女だったハルカさんは、小説を読み過ぎて男性不信になった。「貧乏な男は大嫌い」が口癖。裕福な結婚生活を夢見たハルカさんは、一流企業に勤めている男性としか交際しない。ところがある時、無性にラーメンが食べたくなって入った店で劇団俳優と出逢ってしまう。最初は、ラーメン屋の店主の同級生という認識だったとか。餃子を分けて貰い笑いあった。夢を追いかける劇団俳優に惹かれ、猛アタックし交際することになる。人生で初めて恋をしたらしい。尽くしたあげく振られてしまうのだが、恋の楽しさを知ったという。

 そうかと思うと、合コンで知り合ったトチオ君は、初恋の女性に「気持ち悪い」と言われたトラウマから女性を嫌悪するようになった。妹の読んでいた少女漫画も嫌悪の対象になったらしいが、なぜ全巻読破したのかは不明。合コンも「付き合いで来ただけ」と言っていた。来てくれた以上は、楽しんで貰おうと話しかけた。アニメの話で盛り上がり、親友になった。情報通信関係の会社に就職し、女性からのアプローチもあるのだが、孤独な生活を楽しんでいる。信じられる女性は、アニメのキャラクターだけ。それも幸せなことだ。

  青い薔薇わたくし恋のペシミスト  高澤晶子

 ブルーローズといわれる薔薇は、青ではなく紫の薔薇である。花屋で見かける真青な薔薇は、蕾の時に切り取った白薔薇に、インクを吸わせて青く咲かせた着色の薔薇だ。地植えの薔薇を青く咲かせるのは不可能と言われている。紫の薔薇をブルーローズと名付けたのは、青い薔薇を咲かせるため交配を重ねたすえに咲いたのが紫の薔薇であったからとか。なぜ青い薔薇を咲かせようとしたのかは分からない。赤の対極にある青を咲かせることは、薔薇師の夢なのだろう。花言葉は、「不可能」「奇跡」「夢叶う」である。

 紫の薔薇は、少女漫画『ガラスの仮面』にて流行った。私が20代の頃に俳句の賞を受賞した時、先輩が届けてくれた花は紫の薔薇であった。その先輩は今でも憧れの「紫の薔薇の人」である。「奇跡を起こせ」とか「夢を叶えよ」とか、そんなメッセージもあったのかもしれない。

 追いかけては振られる恋を繰り返してきた私は、ある時から「恋とは愚かなこと」と思うようになった。交際した後は、自分からは連絡しない。相手の誕生日すら記憶しない。料理は好きだったので作るが、言われたら作る程度。とにかく尽くさない。無関心。追いかける本能のある男性は追いかけてくれた。男性が勝手に自惚れて自滅する姿を冷ややかな目で眺めていた時代がある。でもそれは、とても虚しい時間だった。  鬱陶しく思われても嫌われても追いかけたい。それが楽しい。傷ついて痛い思いをするほど、俳句の詩情は高まった。傷つきたいから恋をする、それは俳句のため。そして、俳句で傷つく。いったい何がしたかったのやら。どこまでも楽観主義の私は、〈恋のペシミスト〉にはなれそうもない。青い薔薇を咲かせるまでの道のりは遠い。

篠崎央子


【緊急告知!!】
あの「愛の月曜日」が句会になった?! 5月から篠崎央子さんの句会が荻窪の俳壇バー「鱗kokera」ではじまります! 火曜日開催なので「愛の火曜日」💕 参加申し込みはこちらまで(下記バナーをクリックしてください!)。

【6月6日「愛の火曜日句会」第2回】
恋の句を詠もう!!というわけで「愛の火曜日」を荻窪の「屋根裏バル 鱗kokera」にて開催致します。
第2回は【6月6日(火)】です。恋の句を5句持参にてご参加下さい。
○句会場:「屋根裏バル 鱗kokera」(荻窪駅から徒歩3分)
○会場受付:18:00 出句締切:18:30(メールにて遅刻投句受付あり)。
○出句のきまり:5句出句5句選 恋愛の句(恋の雰囲気があればOK)
○参加費:3,000円(飲食込み)
参加希望者は、メールにてお知らせください。初心者歓迎!!
◆屋根裏バル 鱗kokera
https://tabelog.com/tokyo/A1319/A131906/13274402/
https://twitter.com/kokera07839729?t=DW_yWiOWK-2OlVlUcCyfTg&s=09

篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


【篠崎央子のバックナンバー】

>>〔92〕恋終りアスパラガスの青すぎる 神保千恵子
>>〔91〕春の雁うすうす果てし旅の恋   小林康治
>>〔90〕恋の神えやみの神や鎮花祭    松瀬青々
>>〔89〕妻が言へり杏咲き満ち恋したしと 草間時彦
>>〔88〕四月馬鹿ならず子に恋告げらるる 山田弘子
>>〔87〕深追いの恋はすまじき沈丁花  芳村うつぎ
>>〔86〕恋人奪いの旅だ 菜の花 菜の花 海 坪内稔典
>>〔85〕いぬふぐり昔の恋を問はれけり  谷口摩耶
>>〔84〕バレンタインデー心に鍵の穴ひとつ 上田日差子
>>〔83〕逢曳や冬鶯に啼かれもし      安住敦
>>〔82〕かいつぶり離ればなれはいい関係  山﨑十生
>>〔81〕消すまじき育つるまじき火は埋む  京極杞陽
>>〔80〕兎の目よりもムンクの嫉妬の目   森田智子
>>〔79〕馴染むとは好きになること味噌雑煮 西村和子
>>〔78〕息触れて初夢ふたつ響きあふ    正木ゆう子
>>〔77〕寝化粧の鏡にポインセチア燃ゆ   小路智壽子
>>〔76〕服脱ぎてサンタクロースになるところ 堀切克洋
>>〔75〕山茶花のくれなゐひとに訪はれずに 橋本多佳子
>>〔74〕恋の句の一つとてなき葛湯かな 岩田由美
>>〔73〕待ち人の来ず赤い羽根吹かれをり 涼野海音
>>〔72〕男色や鏡の中は鱶の海       男波弘志
>>〔71〕愛かなしつめたき目玉舐めたれば   榮猿丸
>>〔70〕「ぺットでいいの」林檎が好きで泣き虫で 楠本憲吉
>>〔69〕しんじつを籠めてくれなゐ真弓の実 後藤比奈夫
>>〔68〕背のファスナ一気に割るやちちろ鳴く 村山砂田男
>>〔67〕木犀や同棲二年目の畳       髙柳克弘
>>〔66〕手に負へぬ萩の乱れとなりしかな   安住敦
>>〔65〕九十の恋かや白き曼珠沙華    文挾夫佐恵
>>〔64〕もう逢わぬ距りは花野にも似て    澁谷道
>>〔63〕目のなかに芒原あり森賀まり    田中裕明
>>〔62〕葛の花むかしの恋は山河越え    鷹羽狩行
>>〔61〕呪ふ人は好きな人なり紅芙蓉  長谷川かな女
>>〔60〕あかくあかくカンナが微熱誘ひけり 高柳重信
>>〔59〕滴りてふたりとは始まりの数    辻美奈子
>>〔58〕みちのくに戀ゆゑ細る瀧もがな   筑紫磐井
>>〔57〕告げざる愛地にこぼしつつ泉汲む 恩田侑布子
>>〔56〕愛されずして沖遠く泳ぐなり    藤田湘子
>>〔55〕青大将この日男と女かな      鳴戸奈菜
>>〔54〕むかし吾を縛りし男の子凌霄花   中村苑子
>>〔53〕羅や人悲します恋をして     鈴木真砂女
>>〔52〕ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき  桂信子
>>〔51〕夏みかん酢つぱしいまさら純潔など 鈴木しづ子
>>〔50〕跳ぶ時の内股しろき蟇      能村登四郎
>>〔49〕天使魚の愛うらおもてそして裏   中原道夫
>>〔48〕Tシャツの干し方愛の終わらせ方  神野紗希
>>〔47〕扇子低く使ひぬ夫に女秘書     藤田直子
>>〔46〕中年の恋のだんだら日覆かな    星野石雀
>>〔45〕散るときのきてちる牡丹哀しまず 稲垣きくの
>>〔44〕春の水とは濡れてゐるみづのこと  長谷川櫂
>>〔43〕人妻ぞいそぎんちやくに指入れて   小澤實
>>〔42〕春ショール靡きやすくて恋ごこち   檜紀代
>>〔41〕サイネリア待つといふこときらきらす 鎌倉佐弓


>〔40〕さくら貝黙うつくしく恋しあふ   仙田洋子
>〔39〕椿咲くたびに逢いたくなっちゃだめ 池田澄子
>〔38〕沈丁や夜でなければ逢へぬひと  五所平之助
>〔37〕薄氷の筥の中なる逢瀬かな     大木孝子
>〔36〕東風吹かば吾をきちんと口説きみよ 如月真菜
>〔35〕永き日や相触れし手は触れしまま  日野草城
>〔34〕鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし    三橋鷹女
>〔33〕毒舌は健在バレンタインデー   古賀まり子
>〔32〕春の雪指の炎ゆるを誰に告げむ  河野多希女
>〔31〕あひみての後を逆さのかいつぶり  柿本多映
>〔30〕寒月下あにいもうとのやうに寝て 大木あまり
>〔29〕どこからが恋どこまでが冬の空   黛まどか
>〔28〕寒木が枝打ち鳴らす犬の恋     西東三鬼
>〔27〕ひめはじめ昔男に腰の物      加藤郁乎
>〔26〕女に捨てられたうす雪の夜の街燈  尾崎放哉
>〔25〕靴音を揃えて聖樹まで二人    なつはづき
>〔24〕火事かしらあそこも地獄なのかしら 櫂未知子
>〔23〕新宿発は逃避行めき冬薔薇    新海あぐり
>〔22〕海鼠噛むことも別れも面倒な    遠山陽子
>〔21〕松七十や釣瓶落しの離婚沙汰   文挾夫佐恵

>〔20〕松葉屋の女房の円髷や酉の市  久保田万太郎
>〔19〕こほろぎや女の髪の闇あたたか   竹岡一郎
>〔18〕雀蛤となるべきちぎりもぎりかな 河東碧梧桐
>〔17〕恋ともちがふ紅葉の岸をともにして 飯島晴子
>〔16〕月光に夜離れはじまる式部の実   保坂敏子
>〔15〕愛断たむこころ一途に野分中   鷲谷七菜子
>〔14〕へうたんも髭の男もわれのもの   岩永佐保
>〔13〕嫁がねば長き青春青蜜柑      大橋敦子
>〔12〕赤き茸礼讃しては蹴る女     八木三日女
>〔11〕紅さして尾花の下の思ひ草     深谷雄大
>>〔10〕天女より人女がよけれ吾亦紅     森澄雄
>>〔9〕誰かまた銀河に溺るる一悲鳴   河原枇杷男
>>〔8〕杜鵑草遠流は恋の咎として     谷中隆子
>>〔7〕求婚の返事来る日をヨット馳す   池田幸利
>>〔6〕愛情のレモンをしぼる砂糖水     瀧春一
>>〔5〕新婚のすべて未知数メロン切る   品川鈴子
>>〔4〕男欲し昼の蛍の掌に匂ふ      小坂順子
>>〔3〕梅漬けてあかき妻の手夜は愛す  能村登四郎
>>〔2〕凌霄は妻恋ふ真昼のシャンデリヤ 中村草田男
>>〔1〕ダリヤ活け婚家の家風侵しゆく  鍵和田秞子


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 鵙の朝肋あはれにかき抱く 石田波郷【季語=鵙(秋)】
  2. 鵙の贄太古のごとく夕来ぬ 清原枴童【季語=鵙の贄(秋)】
  3. きつかけはハンカチ借りしだけのこと 須佐薫子【季語=ハンカチ(夏…
  4. 海底に足跡のあるいい天気 『誹風柳多留』
  5. 水鳥の和音に還る手毬唄 吉村毬子
  6. 大氷柱折りドンペリを冷やしをり 木暮陶句郎【季語=氷柱(冬)】
  7. 天高し風のかたちに牛の尿 鈴木牛後【季語=天高し(秋)】
  8. 隠岐やいま木の芽をかこむ怒濤かな 加藤楸邨【季語=木の芽(春)】…

おすすめ記事

  1. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2023年6 月分】
  2. 【春の季語】春一番
  3. 【連載】歳時記のトリセツ(2)/橋本喜夫さん
  4. コンゲツノハイクを読む【2021年7月分】
  5. 「パリ子育て俳句さんぽ」【9月24日配信分】
  6. 虎の上に虎乗る春や筥いじり 永田耕衣【季語=春(春)】 
  7. 【冬の季語】枯木立
  8. あかさたなはまやらわをん梅ひらく 西原天気【季語=梅(春)】
  9. 凌霄は妻恋ふ真昼のシャンデリヤ 中村草田男【季語=凌霄(夏)】
  10. 【連載】歳時記のトリセツ(4)/中西亮太さん

Pickup記事

  1. 老人がフランス映画に消えてゆく 石部明
  2. 片手明るし手袋をまた失くし 相子智恵【季語=手袋(冬)】
  3. 麦真青電柱脚を失へる 土岐錬太郎【季語=青麦(夏)】
  4. 【春の季語】鶯笛
  5. 雛節句一夜過ぎ早や二夜過ぎ 星野立子【季語=雛節句(春)】
  6. 杜鵑草遠流は恋の咎として 谷中隆子【季語=杜鵑草(秋)】
  7. 【連載】歳時記のトリセツ(12)/高山れおなさん
  8. 初場所の力士顚倒し顚倒し 三橋敏雄【季語=初場所(新年)】
  9. 東京の白き夜空や夏の果 清水右子【季語=夏の果(夏)】
  10. 神保町に銀漢亭があったころ【第62回】山田真砂年
PAGE TOP