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へうたんも髭の男もわれのもの 岩永佐保【季語=瓢箪(秋)】


へうたんも髭の男もわれのもの

岩永佐保
(『丹青』)


瓢箪といえば、織田信長が尾張のうつけ者と言われていた頃、腰に提げていたアイテムという印象がある。ネットで「うつけスタイル」で検索するとイメージイラストが出てくる。湯帷子の袖をたくし上げノースリーブ状態にし、胸をはだけて着込む。腰には朱色の長太刀と瓢箪が二三個ぶら下がっている。いわゆる「かぶき者」ファッションの最先端であった。その瓢箪には、酒やら薬などが入っていたとされる。瓢箪に酒を入れると夏場でも低い温度で保たれたという。現代の魔法瓶水筒のようなものなのだろう。瓢箪に酒が入っているイメージは、この織田信長の「うつけスタイル」で植え付けられた。「うつけスタイル」は『信長公記』を元にしているがドラマや漫画のイメージも付加されている。

私の個人的な瓢箪の思い出といえば、祖母が小銭を入れていたことである。瓢箪の大きさにより入れる銭を分別していた。古き貯金箱である。祖母いわく、葬式の際に撒く銭を貯めているとのことであった。私の生まれ育った村は土葬で、家から墓までの野辺送りの際、柩は村の若い衆により神輿のように運ばれる。神輿みたいに激しく振ったりはしないが。しずしずと運ばれる柩を参列者が囲み、道すがら親族が用意した小銭をライスシャワーのように振り掛けるのである。地獄の沙汰も金次第ということなのか、あの世でお金に困らないようにとの葬送儀礼の一つであった。撒かれた金は、親族以外の参列者は拾って良いことになっており、土葬後は、銭を拾いながら帰る。葬儀の翌日は、銭拾いの子供達で野辺送りの道が賑わう。この風習は昔からあったらしく、野辺送りの道に面した畑からは、江戸時代の銭が見つかることがあった。

大分話が逸れたが、瓢箪は、酒も入れる金も入れる、西遊記では人まで吸い込んでしまう便利なアイテムである。瓢箪は、「三つで三拍(三瓢)子揃って縁起が良い、六つで無病(六瓢)息災」などといわれ、縁起物とされた。織田信長の家臣であった豊臣秀吉の馬印は千成瓢箪であった。俳句の世界では、瓢箪にはくびれがあることから女性の比喩として詠まれることが多い。瓢箪よりイメージされる、酒・金・女は、権力を持つ男の必需品である。

  へうたんも髭の男もわれのもの  岩永佐保

瓢箪は、男が腰にぶら下げているもの。それは〈髭の男〉が所有している権力の象徴であろう。男が〈われのもの〉ならば、その所有物も〈われのもの〉ということか。「貴方の物は私のもの。私のものは、私の物。」的な一句。女冥利に尽きるとは、こういうことかもしれない。作者は〈髭の男〉を手に入れ、瓢箪までも自分の物となしたのだ。確かに一緒に暮らしていると「この酒は俺の物だ」など主張できなくなる。一方、女には女しか持たないものがある。例えば化粧品や衣服・アクセサリーなど。だが、男の持ち物は女が使っても格好良く見えてしまう。私などは、夫が旅先で買ってきたTシャツを勝手に着ている。夫の酒を飲んでも怒られることはない。男がぶら下げている瓢箪の中身は、当然自分のものであるべきだ。〈髭の男〉なら、私も手に入れた。あとは、髭の夫が金銀が詰まった瓢箪を沢山抱えて帰ってくるのを待つのみである。

篠崎央子


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


【篠崎央子のバックナンバー】
>〔13〕嫁がねば長き青春青蜜柑      大橋敦子
>〔12〕赤き茸礼讃しては蹴る女     八木三日女
>〔11〕紅さして尾花の下の思ひ草     深谷雄大
>>〔10〕天女より人女がよけれ吾亦紅     森澄雄
>>〔9〕誰かまた銀河に溺るる一悲鳴   河原枇杷男
>>〔8〕杜鵑草遠流は恋の咎として     谷中隆子
>>〔7〕求婚の返事来る日をヨット馳す   池田幸利
>>〔6〕愛情のレモンをしぼる砂糖水     瀧春一
>>〔5〕新婚のすべて未知数メロン切る   品川鈴子
>>〔4〕男欲し昼の蛍の掌に匂ふ      小坂順子
>>〔3〕梅漬けてあかき妻の手夜は愛す  能村登四郎
>>〔2〕凌霄は妻恋ふ真昼のシャンデリヤ 中村草田男
>>〔1〕ダリヤ活け婚家の家風侵しゆく  鍵和田秞子


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