ハイクノミカタ

無方無時無距離砂漠の夜が明けて 津田清子(無季)


無方無時無距離砂漠の夜が明けて

津田清子


「無方無時無距離」というのは割に硬い説明的な言い回しだが、実感から引き出された言葉なのだろう。茫漠とした砂漠に慣れてからは、方角、時間、距離の感覚は失われてしまう。

「無方無時無距離」の一方、「夜が明けて」はロマンティックな言い回しである。ただ、その実は、夜が明け、木陰などもない砂漠の広がりが提示されるのであるから、決して涼しさのみに終始する措辞ではなかろう。無季というのが、殊更納得のいく句と思う。

安里琉太


【この詩が読める本はこちら↓】

津田清子『無方』(2000年)

【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



安里琉太のバックナンバー】

>>〔36〕麦よ死は黄一色と思いこむ    宇多喜代子
>>〔35〕馬の背中は喪失的にうつくしい作文だった。 石松佳
>>〔34〕黒き魚ひそみをりとふこの井戸のつめたき水を夏は汲むかも 高野公彦
>>〔33〕露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな  攝津幸彦
>>〔32〕プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ 石田波郷
>>〔31〕いけにえにフリルがあって恥ずかしい 暮田真名
>>〔30〕切腹をしたことがない腹を撫で   土橋螢
>>〔29〕蟲鳥のくるしき春を不爲     高橋睦郎
>>〔28〕春山もこめて温泉の国造り    高濱虚子
>>〔27〕毛皮はぐ日中桜満開に      佐藤鬼房
>>〔26〕あえかなる薔薇撰りをれば春の雷 石田波郷
>>〔25〕鉛筆一本田川に流れ春休み     森澄雄
>>〔24〕ハナニアラシノタトヘモアルゾ  「サヨナラ」ダケガ人生ダ 井伏鱒
>>〔23〕厨房に貝があるくよ雛祭    秋元不死男
>>〔22〕橘や蒼きうるふの二月尽     三橋敏雄
>>〔21〕詩に瘦せて二月渚をゆくはわたし 三橋鷹女

>>〔20〕やがてわが真中を通る雪解川  正木ゆう子
>>〔19〕春を待つこころに鳥がゐて動く  八田木枯
>>〔18〕あっ、ビデオになってた、って君の声の短い動画だ、海の 千種創一
>>〔17〕しんしんと寒さがたのし歩みゆく 星野立子
>>〔16〕かなしきかな性病院の煙出   鈴木六林男
>>〔15〕こういうひとも長渕剛を聴くのかと勉強になるすごい音漏れ 斉藤斎藤
>>〔14〕初夢にドームがありぬあとは忘れ 加倉井秋を
>>〔13〕氷上の暮色ひしめく風の中    廣瀬直人
>>〔12〕旗のごとなびく冬日をふと見たり 高浜虚子
>>〔11〕休みの日晝まで霜を見てゐたり  永田耕衣

>>〔10〕目薬の看板の目はどちらの目 古今亭志ん生
>>〔9〕こぼれたるミルクをしんとぬぐふとき天上天下花野なるべし 水原紫苑
>>〔8〕短日のかかるところにふとをりて  清崎敏郎
>>〔7〕GAFA世界わがバ美肉のウマ逃げよ  関悦史
>>〔6〕生きるの大好き冬のはじめが春に似て 池田澄子
>>〔5〕青年鹿を愛せり嵐の斜面にて  金子兜太
>>〔4〕ここまでは来たよとモアイ置いていく 大川博幸
>>〔3〕昼ごろより時の感じ既に無くなりて樹立のなかに歩みをとどむ 佐藤佐太郎
>>〔2〕魚卵たべ九月些か悔いありぬ  八田木枯
>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅      森澄雄


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 一陣の温き風あり返り花 小松月尚【季語=返り花(冬)】
  2. 福笹につけてもらひし何やかや 高濱年尾【季語=福笹(冬)】
  3. 絵葉書の消印は流氷の町 大串章【季語=流氷(春)】
  4. 懐石の芋の葉にのり衣被  平林春子【季語=衣被(秋)】
  5. ひかり野へきみなら蝶に乗れるだろう 折笠美秋【季語=蝶(春)】
  6. 【祝1周年】ハイクノミカタ season1 【2020.10-2…
  7. 梅漬けてあかき妻の手夜は愛す 能村登四郎【季語=梅漬ける(夏)】…
  8. 刈草高く積み軍艦が見えなくなる 鴻巣又四郎【季語=草刈(夏)】

おすすめ記事

  1. 花ミモザ帽子を買ふと言ひ出しぬ 星野麥丘人【季語=花ミモザ(春)】
  2. 乾草は愚かに揺るる恋か狐か 中村苑子【季語=乾草(夏)】
  3. 人のかほ描かれてゐたる巣箱かな 藤原暢子【季語=巣箱(春)】 
  4. 【冬の季語】冬の川
  5. 【冬の季語】忘年会
  6. 息触れて初夢ふたつ響きあふ 正木ゆう子【季語=初夢(新年)】
  7. 恋さめた猫よ物書くまで墨すり溜めし 河東碧梧桐【季語=恋猫(春)】
  8. 【秋の季語】九月
  9. 【夏の季語】草ロール
  10. やがてわが真中を通る雪解川 正木ゆう子【季語=雪解川(春)】

Pickup記事

  1. 兎の目よりもムンクの嫉妬の目 森田智子【季語=兎(冬)】
  2. 春の雪指の炎ゆるを誰に告げむ 河野多希女【季語=春の雪(春)】
  3. 【秋の季語】九月
  4. 【冬の季語】枯木
  5. 彫り了へし墓抱き起す猫柳 久保田哲子【季語=猫柳(春)】
  6. 九月の教室蟬がじーんと別れにくる 穴井太【季語=九月(秋)】
  7. ロボットの手を拭いてやる秋灯下 杉山久子【季語=秋灯下(秋)】
  8. 旗のごとなびく冬日をふと見たり 高浜虚子【季語=冬日(冬)】
  9. 【冬の季語】冬の滝
  10. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第32回】城ヶ島と松本たかし
PAGE TOP