ハイクノミカタ

詩に瘦せて二月渚をゆくはわたし 三橋鷹女【季語=二月(春)】


詩に瘦せて二月渚をゆくはわたし

三橋鷹女


以前、何かの講演で、「伝統」の表現者は息が長く晩年に良作を多く残し、「前衛」の表現者は命を燃やすように表現を行い、ゆえに短命だがその全貌が輝かしい、というようなことを聞いたことがある。
俳句においても、全てがこれに収まるというわけではないが、いくらかの書き手の年譜をたどれば、このような傾向が認められることはあるし、詩のつくり方や向き合い方によって自ずとそういう傾向が表れて来るということにも正直頷ける。

「詩に瘦せて」というのは、どちらかと言えば後者の表現者の感覚に沿ったものに思う。「わたし」という人物の、表現との向き合い方がこの措辞から伺える。二月の渚は実景的にはまだ寒さも厳しかろうが、言葉の上ではどこか硬質な抒情を誘う空間を思わせられる。

私は、この句の「ゆくはわたし」の助詞「は」がとても気に入らないでいる。無論、それが狙いなのかも知れないけれど、それにしても、助詞の「は」によって必要以上に「わたし」が打ち出されているように思う。見栄を切りすぎた感じが出ているし、良くない意味で句の調子が良すぎる。少し俗っぽくもある。予てより、「詩に瘦せて二月渚をゆくわたし」で十分なのに、とずっと思っている。

安里琉太


【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



安里琉太のバックナンバー】

>>〔20〕やがてわが真中を通る雪解川  正木ゆう子
>>〔19〕春を待つこころに鳥がゐて動く  八田木枯
>>〔18〕あっ、ビデオになってた、って君の声の短い動画だ、海の 千種創一
>>〔17〕しんしんと寒さがたのし歩みゆく 星野立子
>>〔16〕かなしきかな性病院の煙出   鈴木六林男
>>〔15〕こういうひとも長渕剛を聴くのかと勉強になるすごい音漏れ 斉藤斎藤
>>〔14〕初夢にドームがありぬあとは忘れ 加倉井秋を
>>〔13〕氷上の暮色ひしめく風の中    廣瀬直人
>>〔12〕旗のごとなびく冬日をふと見たり 高浜虚子
>>〔11〕休みの日晝まで霜を見てゐたり  永田耕衣

>>〔10〕目薬の看板の目はどちらの目 古今亭志ん生
>>〔9〕こぼれたるミルクをしんとぬぐふとき天上天下花野なるべし 水原紫苑
>>〔8〕短日のかかるところにふとをりて  清崎敏郎
>>〔7〕GAFA世界わがバ美肉のウマ逃げよ  関悦史
>>〔6〕生きるの大好き冬のはじめが春に似て 池田澄子
>>〔5〕青年鹿を愛せり嵐の斜面にて  金子兜太
>>〔4〕ここまでは来たよとモアイ置いていく 大川博幸
>>〔3〕昼ごろより時の感じ既に無くなりて樹立のなかに歩みをとどむ 佐藤佐太郎
>>〔2〕魚卵たべ九月些か悔いありぬ  八田木枯
>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅      森澄雄


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 秋草の揺れの移れる体かな 涼野海音【季語=秋草(秋)】
  2. 葛切を食べて賢くなりしかな 今井杏太郎【季語=葛切(夏)】
  3. 潜り際毬と見えたり鳰 中田剛【季語=鳰(冬)】 
  4. 夕立や野に二筋の水柱 広江八重桜【季語=夕立(夏)】
  5. 原爆忌誰もあやまつてはくれず 仙田洋子【季語=原爆忌(秋)】
  6. くれなゐの花には季なし枕もと 石川淳【無季】
  7. 菜の花や月は東に日は西に 与謝蕪村【季語=菜の花(春)】
  8. GAFA世界わがバ美肉のウマ逃げよ 関悦史

おすすめ記事

  1. 【春の季語】石鹸玉
  2. 【冬の季語】冬の滝
  3. 【冬の季語】蓮根掘る
  4. 内装がしばらく見えて昼の火事 岡野泰輔【季語=火事(冬)】
  5. 水面に閉ぢ込められてゐる金魚 茅根知子【季語=金魚(夏)】
  6. 【冬の季語】寒椿
  7. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第52回】 新宿と福永耕二
  8. 順番に死ぬわけでなし春二番 山崎聰【季語=春二番(春)】
  9. 【春の季語】野に遊ぶ
  10. 霜夜子は泣く父母よりはるかなものを呼び 加藤楸邨【季語=霜夜(冬)】

Pickup記事

  1. 折々己れにおどろく噴水時の中 中村草田男【季語=噴水(夏)】
  2. 神保町に銀漢亭があったころ【第47回】吉田千嘉子
  3. 性あらき郡上の鮎を釣り上げて 飴山實【季語=鮎(夏)】
  4. 【連載】歳時記のトリセツ(7)/大石雄鬼さん
  5. 汽車逃げてゆくごとし野分追ふごとし 目迫秩父【季語=野分(秋)】
  6. 秋虱痼  小津夜景【季語=秋虱(秋)】
  7. 金魚すくふ腕にゆらめく水明り 千原草之【季語=金魚(夏)】
  8. 神保町に銀漢亭があったころ【第120回】吉田類
  9. 一瞬にしてみな遺品雲の峰 櫂未知子【季語=雲の峰(夏)】 
  10. 「けふの難読俳句」【第9回】「蹼」
PAGE TOP