凍港や旧露の街はありとのみ山口誓子【季語＝凍つ（冬）】

ハイクノミカタ

凍港や旧露の街はありとのみ　山口誓子【季語＝凍つ（冬）】

2022/11/8
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凍港や旧露の街はありとのみ)

山口誓子

音楽でスティングと聞いてピンと来る方は、おそらくザ・ポリスを思い浮かべるのではないだろうか。またはピンと来ない方も下記の曲を一度や二度ならず耳にしたことがあるだろう。

The Police – Every Breath You Take

The Police – Message In A Bottle

Sting – Shape of My Heart

筆者もこれらの名曲を中学生の頃にカセットテープで何度か聴いてはいたが、特別に熱狂する程のファンではなかった。社会人になってもスティングをヘビーローテーションで聴くことはなかったのだが、2014年5月にNHKBSプレミアムで「洋楽倶楽部　ワールド・プレミアム・ライブ」という番組を見て衝撃を受けた。

番組はスティングの新譜「ラスト・シップ」のコンサート映像であった。しかし、いわゆるライブ映像とは少し趣向が違うように感じた。まずスティングのコンサートであるにも関わらず、メインボーカルが曲により別の人と交代するのだ。しかも歌手ではなく役者だという。また、歌の途中でセリフや演技が入るステージングとなっている。それもそのはず、その新譜はミュージカルの為にスティングが書き下ろした楽曲達なのであった。

スティングはインタビューで「母がミュージカルのファンで幼い頃から聴いていた。実はプロとしての初めての仕事もミュージカルでの演奏だ」と、ミュージカルとの意外な関係について語っている。また、「たくさん曲を書いてきたが自分でも信じられないほどの長いスランプになってしまった。その打開策として、自分ではない人物の視点で曲を書いた。そのおかげで鈍っていた感覚を取り戻すことが出来た。」と自らのスランプについて赤裸々に語る。

スランプを抜け出すどころか、筆者にとってはヘビーローテーション間違いなしであった。

「ラスト・シップ」は、アルバムのタイトル曲である。

Sting When the Last Ship Sails

サビ部分の歌詞の和訳を抜粋する。

　　最期の船が航海する時
　　チェーンの轟音と木材の割れ
　　世界の終わりの音があなたの耳元に
　　鋼の山が海に向かうように
　　そして最後の船が航海に出る

スティングは「ラスト・シップ」について「自分の故郷であるイギリスの造船町の歌だ」と語っている。曲を聴いていると、真冬の寒さのなか重々しく金属的な造船の音が街中を覆い尽くすように感じた。過去にそのような音を聞いたことがある気がする。以前に出張で瀬戸内海沿いの造船の町に訪れた際に、どこからとなく響き渡る低く重たい金属音に、感覚的に絶望を感じたことを思い出したのだ。過去のスティングのどのヒット曲よりも惹かれたのは、出張先での体験を思い出したからだけではない。故郷のことを同時に思い出したからである。

筆者の生まれ故郷は福井県坂井市三国町である。造船の町でこそないものの、二階からはいくつかの停泊する船が見え、夜になると灯台の灯りがカーテンを照らし、船の汽笛の虚ろな音が聞こえてくる家に生まれた。穫れたての海の幸が並ぶ小さな魚屋の香しい煙を抜けると漁師たちの市場があり、午後の生臭い水溜りに早朝の賑わいを思い描いていた。ビーチまでは子どもの足でも歩いて行けたが、東尋坊までは車でないと遠い、そんな小さな漁師町である。保育所の頃に故郷を離れ広島に引っ越した。しかし何歳になっても故郷を思う気持ちは変わらない。

スティングが筆者のヘビーローテーションとなって数年経った今でも「ラスト・シップ」という言葉に惹かれる。最後の船が出る。出てしまうのだ。乗れなかったのかもしれないし、乗ってしまったからもう帰って来れないのかもしれない。いずれにしても故郷に対するコンプレックスを感じる。

船は港に着くまでに、いくつかの街を遠くから眺めつつ通り過ぎてゆく。自分にとっては見知らぬ街も、誰かにとってはかけがえのない故郷に違いない。

（赤松佑紀）

【執筆者プロフィール】
赤松佑紀（あかまつ・ゆうき）
昭和59年福井県生まれ、広島県在住。音響専門学校在学中にCDデビュー。現在はＷＥＢデザイン会社専務取締役。「香雨」同人。俳人協会会員。
平成25年「狩」入会。平成31年「香雨」入会。令和2年同人。第一回「香雨」評論賞エッセイ部門受賞。令和3年第三回「香雨」新雨賞受賞。令和4年第十回俳句四季新人賞受賞。第三回「香雨」評論賞評論部門受賞。

2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜＝日下野由季→篠崎央子（2021年7月〜）、火曜＝鈴木牛後、水曜＝月野ぽぽな、木曜＝橋本直、金曜＝阪西敦子、土曜＝太田うさぎ、日曜＝小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓