春や昔十五万石の城下哉 正岡子規【季語=春(春)】


春や昔十五万石の城下哉)

正岡子規)


季語は「春」。『寒山落木』では明治二十八年作の「春時候雑」に分類されている。同書は年代別に編まれているものの同年作が季題毎に並んでいて正確な日付までは分からないのだが、他の資料から三月十五日頃に詠まれたらしいことが分かる。一二七年前のちょうど今頃だ。今となってはあまりピンとこない話ではあるが、当時の日本は戦争の当事国であったのだった。

この戦争に近衛師団付きの従軍記者として参じた子規は、三月三日に根岸から大本営地・広島へ向けて出発。といっても新橋から汽車に乗ったのは夕方で、その前に日本新聞社での壮行会で「三月三日なりければ雛もなしといふ題を皆々詠みけるにわれも筆を取りて」と、句会みたいなことをやっている(この時の作が〈雛もなし男許りの桃の酒〉であるという)。なんだか呑気である。四日の夜は大阪で一泊、五日に神戸で乗り換え、六日昼頃広島に到着している。

営所に着き従軍願いを提出したものの、前年七月に始まった戦いはすでに講和に近づいており、進軍の日取りはなかなか決まらない。広島をぶらつくのに飽きた子規は十四日から二、三日を対岸の郷里で墓参りなどをして過ごしたらしく、その際に詠まれたのが掲出の作であるという(やはり、どこか呑気である)。

「春や昔」は、蕪村の〈春やむかし頭巾の下の鼎疵〉から採ったとされている。昨年末に刊行された復本一郎著『正岡子規伝』(岩波書店)を見ると、明治二十七年に内藤鳴雪が古書肆で『蕪村句集』を入手したと書かれているから、実際そうなのだろう(この頃、子規と仲間たちは蕪村の資料を探し出して論ずることにハマっていたらしい)。「十五万石」は、寛永十二年に松平家(維新後は久松を名乗った)が伊予松山藩を治めるようになって以来の石高であり、「城下」はもちろん松山城を中心とした一帯のことである。出陣に向けて武士の血を滾らせていたとも読めるが、なかなか進展のない自身の状況に、『徒然草』五十三段のマヌケな法師の話をもとにした蕪村の句のような滑稽さや悲哀を感じていたと読めなくもない。

従軍許可は二十一日に下りたが、進軍が決まったのは四月七日。十日に宇品から出航し、十五日に遼東半島への上陸を果たした子規であったが、その二日後には下関条約(日清講和条約)が締結されたため、実戦を目にすることはなかった。

松尾清隆


【執筆者プロフィール】
松尾清隆(まつお・きよたか)
昭和52年、神奈川県平塚市生まれ。「松の花」同人。元編集者。「セクト・ポクリット」管理人・堀切克洋が俳句をはじめる前からの〝フットサル仲間〟でもある。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2022年3月の火曜日☆松尾清隆のバックナンバー】

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【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】

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>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養    石田波郷
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>>〔4〕仕る手に笛もなし古雛      松本たかし

【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】

>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は   中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催      潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ      田口武

【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】

>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希

【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】

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>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ   中町とおと

【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】

>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う    大庭紫逢
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【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】

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>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【後編】

【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】

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【2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】

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