ハイクノミカタ

見てゐたる春のともしびゆらぎけり 池内たけし【季語=春灯(春)】


見てゐたる春のともしびゆらぎけり

池内たけし(いけうち・たけし)

 管理人・ホリキリさんのご案内にもありました通り、訳あって一週間お休みをいただきました。おかげさまで、晴れて外出可能になりましたが、もうしばらくじっとしていている予定です。

 それにしても、いろいろに気を付けて手段を講じてきたものがこんな形で終わることになって、もちろん、まだまだ何も終わってはいないし、いろいろ手段を講じてきたことがあるから、こうして外出も可能になったのかもしれないわけですが、あっけないやら、急なことに戸惑うやら。

 そんな宙ぶらりんな金曜は。

見てゐたる春のともしびゆらぎけり

 池内たけしは虚子の甥にあたる人物。能楽の家に生まれ能楽師を目指すものの、断念して俳句の道へ。ホトトギス発行所に勤めたというとか。

 なんとなく、前のめりの姿勢でいるときなどは、すっと諾えないその経歴や人柄や句柄も、こういう春のはっきりしない気分の中ではふっとなじんで、入り過ぎた肩の力を抜いてくれる。

 あ、灯だな、と目を向けていると、それが揺らいだという、それだけ。

 揺らぎやすいのが春の灯、あるいは春それ自体という理解は、何となく私たちにあるものだけれど、見ているまさにその灯が揺らぎましたというのは、それとはまた別の話なのだなということに気付かされる。

 見ている灯が揺らぐためには、その灯に惹きつけられた視線があり、それをしばらくの間、眺めてしまうことがあり、そこで初めて「見てゐたる春のともしび」が揺らぐのを目にすることができる。

 あまりじっとしていることのできない冬の寒さは去って、かといって目移りのするような華やかな春の訪れの前の、行きつ戻りつする早春の危うさ。そんなものを眺めることに時間を割ける、エアポケットのような時期が掬い出されている。

 いやいや、こんなことしてられないんでした、睡眠不足は揺らぐ季節の体の大敵。

 週末、東京はあたたかくなるようですが、そういうときの危うさもまた。みなさんの溜まってた家事や、外出や、運動や引っ越しがご無事に済みますように。

『ホトトギス同人句集』(1938年)

阪西敦子


【阪西敦子のバックナンバー】

>>〔73〕諸事情により、おやすみ
>>〔72〕春雪の一日が長し夜に逢ふ      山田弘子
>>〔71〕早春や松のぼりゆくよその猫    藤田春梢女
>>〔70〕よき椅子にもたれて話す冬籠    池内たけし
>>〔69〕犬去れば次の犬来る鳥総松     大橋越央子
>>〔68〕左義長のまた一ところ始まりぬ      三木
>>〔67〕絵杉戸を転び止まりの手鞠かな    山崎楽堂
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>>〔65〕クリスマス近づく部屋や日の溢れ  深見けん二
>>〔64〕突として西洋にゆく暖炉かな     片岡奈王
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>>〔60〕木の葉髪あはれゲーリークーパーも  京極杞陽


>>〔59〕一陣の温き風あり返り花       小松月尚
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>>〔57〕おやすみ
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>>〔53〕潮の香や野分のあとの浜畠     齋藤俳小星
>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に      高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸   後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻      歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり       永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり    田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく     成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫        川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り    千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり    千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
>>〔42〕ール買ふ紙幣(さつ)をにぎりて人かぞへ  京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉


>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり   赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜     飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵       岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く      千原草之
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>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女


>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
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>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



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