朝涼や平和を祈る指の節 酒井湧水【季語=朝涼(夏)】


朝涼や平和を祈る指の節

酒井湧水


八月は、原爆の日、終戦の日、盂蘭盆会など、祈りの深まる月。人間の命や魂に、おのずと心が向かう。掲出の句の季題は朝涼。夏の句であるが、猛暑のつづく今ごろでも、朝の涼しさを覚えることはあるであろう。

平和を祈る指は、しずかな慈愛にあふれ、やわらかく温かく折り畳まれている。関節という小さな部位に着目し、その透徹した心を季題に託した。作者の第一句集『神の手』(文學の森、2021)に収められている一句。

酒井(さかい)湧水(ゆうすい)の本職は、カトリック大阪高松大司教区の補佐司教。その句集には、<ローマへの手土産鮊子のくぎ煮>、<燭満つる御堂復活徹夜祭>、<病床の終の洗礼水の春>、<幸せの高さにクリスマスツリー>、<神の手のジグゾーパズルめく落葉>なども収録。

「信仰に裏打ちされた句風からは氏の『祈り』を感じることが出来る」。そう評するのは「ホトトギス」主宰の稲畑廣太郎。句集に温かな序文を寄せている。湧水は、「ホトトギス」同人、日本伝統俳句協会会員。2012年に朝日俳壇賞(稲畑汀子選)受賞などの経歴をもつ。

2022年2月27日、「ホトトギス」名誉主宰の稲畑汀子が帰天。酒井(とし)(ひろ)(本名)は、その葬儀ミサで司教として次のように説いた。「それぞれの立場で、それぞれに任されていることを、神様に向かって果たし、人に向かって果たす。それを、全身全霊を込めてするならば、それが祈りになるでしょう」。

神や人に対し、自らの役目を真心で懸命に果たすこともまた、祈りであると感得する。作句の沈黙、選句の沈黙、それは祈りの沈黙に似ている。俳句を通して役目を果たし、思いを伝えようとすると、おのずと静謐なひとときが生まれる。たった十七音のことばに心を洗い、活力をもらう者は少なくないであろう。

進藤剛至


【執筆者プロフィール】
進藤剛至(しんどう・たけし)
1988年、兵庫県芦屋市生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。稲畑汀子・稲畑廣太郎に師事。甲南高校在校中、第7回「俳句甲子園」で団体優勝。大学在学中は「慶大俳句」に所属。第25回日本伝統俳句協会新人賞、第10回鬼貫青春俳句大賞優秀賞受賞。俳誌「ホトトギス」同人、(公社)日本伝統俳句協会会員。共著に『現代俳句精鋭選集18』(東京四季出版)。2021年より立教池袋中学・高校文芸部を指導。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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