松本清張のやうな口して黒き鯛
大木あまり
『星涼』所収
比喩の共感
「秋草」には新・後援会という、山口昭男主宰と会員との個人句会がある。会員が直接主宰に句をみてもらえる貴重な場だ。毎週、隔週、月一回などの頻度と出句数は会員が決める。合格レベルに達している句には「よいと思います」という主宰コメントが添えられてくるのだが、その「よいと思います」がなかなかもらえない。おまけにめっちゃいい(特選レベル)のか、そこそこいい(入選レベル)のかがわからない。ちょっとしたブラックボックスだ(きっとそれも自分で判断しなさいということだ)。そして「よいと思います」の数は、回を重ねるごとに容赦なく厳しく減ってゆく。
この新・後援会では、思い切った比喩にもチャレンジするようにしている。その比喩に「一考」や「平凡です」のコメントが却ってくる。「共感できません」というのもあった。当初は(うーん、そうなのか?)と悩んだが、今では共感のない句は潔く捨てて、気分さっぱりと次に進んでいる。
比喩の飛ばし方が素敵だなと思っている俳人の一人に大木あまりさんがいる。俳句を始めたてのころ、一冊ずつ句集を集めて読み耽っていた。一番好きな句集は『星涼』(ふらんす堂)。なかでも、大胆かつ言い得て妙の掲句の比喩に憧れる。あの清張の印象的な口は黒鯛でなければならないし、黒鯛でなければ清張ではない。人名のインパクトと最後に置かれている季語との相乗効果で、ちょっと不気味でちょっと滑稽なスピードのある一句に仕上がっている。
『星涼』には、あの<握りつぶすならその蟬殻を下さい>という句も含まれている。いただいたこの機会に『星涼』を読み返してみると、田中裕明を詠った以下の二句に目が留まった。一句目には「悼 田中裕明」との前書きがある。
雪を来て汝を連れ去りし夜の客
田中裕明紛れをらむか雛市に
どちらも裕明への想いをストレートに詠っていて、心が揺さぶられる。裕明最後の句集『夜の客人』とともに味わうととても切ない(『夜の客人』はさみしい時そっとわたしの傍にいてくれる)。大木あまりさんのような方向性で句を詠むことは残念ながら今はできないが、いずれその技量は身につくのだろうか。
大木あまりさんには次のような付加的呼称詞を詠み込んだ句もある。木村定生さんへの作者の優しい眼差しを感じる。
父を語る春の愁ひの木村君
(『俳句』2021年4月号)
(村上瑠璃甫)
【執筆者プロフィール】
村上瑠璃甫(むらかみ・るりほ)「秋草」所属
1968年 大阪生まれ
2018年 俳句を始める
2020年12月 「秋草」入会、山口昭男に師事
2024年6月 第一句集『羽根』を朔出版より刊行これまで見たことのない大胆な取り合わせに、思わずはっと息をのむ。選び抜かれた言葉は透明感をまとい、一句一句が胸の奥深くまで届くような心地よさが魅力。今、注目の俳誌「秋草」で活躍する精鋭俳人の、待望の初句集!「秋草」以後の298句収録。
村上瑠璃甫句集『羽根』
発行:2024年6月6日
序文:山口昭男
装丁装画:奥村靫正/TSTJ
四六判仮フランス装 184頁
定価:2200円(税込)
ISBN:978-4-911090-10-7 C0092
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【2024年7月の火曜日☆村上瑠璃甫のバックナンバー】
>>〔1〕先生が瓜盗人でおはせしか 高浜虚子
>>〔2〕大金をもちて茅の輪をくぐりけり 波多野爽波
>>〔3〕一つだに動かぬ干梅となりて 佛原明澄
>>〔4〕いつの間にがらりと涼しチョコレート 星野立子
【2024年7月の木曜日☆中嶋憲武のバックナンバー】
>>〔5〕東京や涙が蟻になってゆく 峠谷清広
>>〔6〕夏つばめ気流の冠をください 川田由美子
>>〔7〕黒繻子にジャズのきこゆる花火かな 小津夜景
>>〔8〕向日葵の闇近く居る水死人 冬野虹
【2024年6月の火曜日☆常原拓のバックナンバー】
>>〔5〕早乙女のもどりは眼鏡掛けてをり 鎌田恭輔
>>〔6〕夕飯よけふは昼寝をせぬままに 木村定生
>>〔7〕鯖買ふと決めて出てゆく茂かな 岩田由美
>>〔8〕缶ビールあけて東京ひびきけり 渡辺一二三
【2024年6月の水曜日?☆阪西敦子のバックナンバー】
>>〔124〕留守の家の金魚に部屋の灯を残し 稲畑汀子
>>〔125〕金魚大鱗夕焼の空の如きあり 松本たかし
【2024年6月の木曜日☆中嶋憲武のバックナンバー】
>>〔1〕赤んぼころがり昼寝の漁婦に試射砲音 古沢太穂
>>〔2〕街の縮図が薔薇挿すコップの面にあり 原子公平
>>〔3〕楽譜読めぬ子雲をつれて親夏雲 秋元不死男
>>〔4〕汗の女体に岩手山塊殺到す 加藤楸邨
【2024年5月の火曜日☆常原拓のバックナンバー】
>>〔1〕今年の蠅叩去年の蠅叩 山口昭男
>>〔2〕本の背は金の文字押し胡麻の花 田中裕明
>>〔3〕夜の子の明日の水着を着てあるく 森賀まり
>>〔4〕菱形に赤子をくるみ夏座敷 対中いずみ
【2024年5月の水曜日☆杉山久子のバックナンバー】
>>〔5〕たくさんのお尻の並ぶ汐干かな 杉原祐之
>>〔6〕捩花の誤解ねぢれて空は青 細谷喨々
>>〔7〕主われを愛すと歌ふ新樹かな 利普苑るな
>>〔8〕青嵐神社があったので拝む 池田澄子
>>〔9〕万緑やご飯のあとのまたご飯 宮本佳世乃
【2024年5月の木曜日☆小助川駒介のバックナンバー】
>>〔4〕一つづつ包むパイ皮春惜しむ 代田青鳥
>>〔5〕しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る 富安風生
>>〔6〕パン屋の娘頬に粉つけ街薄暑 高田風人子
>>〔7〕ラベンダー添へたる妻の置手紙 内堀いっぽ
【2024年4月の火曜日☆阪西敦子のバックナンバー】
>>〔119〕初花や竹の奥より朝日かげ 川端茅舎
>>〔120〕東風を負ひ東風にむかひて相離る 三宅清三郎
>>〔121〕朝寝楽し障子と壺と白ければ 三宅清三郎
>>〔122〕春惜しみつゝ蝶々におくれゆく 三宅清三郎
>>〔123〕わが家の見えて日ねもす蝶の野良 佐藤念腹
【2024年4月の水曜日☆杉山久子のバックナンバー】
>>〔1〕麗しき春の七曜またはじまる 山口誓子
>>〔2〕白魚の目に哀願の二つ三つ 田村葉
>>〔3〕無駄足も無駄骨もある苗木市 仲寒蟬
>>〔4〕飛んでゐる蝶にいつより蜂の影 中西夕紀
【2024年4月の木曜日☆小助川駒介のバックナンバー】
>>〔1〕なにがなし善きこと言はな復活祭 野澤節子
>>〔2〕春菊や料理教室みな男 仲谷あきら
>>〔3〕春の夢魚からもらふ首飾り 井上たま子
【2024年3月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔14〕芹と名がつく賑やかな娘が走る 中村梨々
>>〔15〕一瞬にしてみな遺品雲の峰 櫂未知子
>>〔16〕牡丹ていっくに蕪村ずること二三片 加藤郁乎
【2024年3月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔5〕唐太の天ぞ垂れたり鰊群来 山口誓子
>>〔6〕少女才長け鶯の鳴き真似する 三橋鷹女
>>〔7〕金色の種まき赤児がささやくよ 寺田京子
【2024年3月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔6〕祈るべき天と思えど天の病む 石牟礼道子
>>〔7〕吾も春の野に下りたてば紫に 星野立子
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】