ハイクノミカタ

金魚大鱗夕焼の空の如きあり 松本たかし【季語=金魚(夏)】


金魚大鱗夕焼の空の如きあり

松本たかし

4月のあと、1か月のお休みをいただき、そして6月……と思っていたのに、水曜のペースに慣れないうちにもう月末になってしまった。梅雨にも入らず、荒々しく気温が変わって、風邪の流行る妙な夏至までの数週間は、あっという間に零れ落ちてゆくのに、洗濯物も未開封の封書もたまっていき、やるべきことも行きたいお誘いも膨らんでいき、そしてなんとか月末へ向けて萎ませていく。そんな風に乗り切った(いや、乗り切ってない)、貴重な6月の最後は、『ホトトギス同人句集』の、最後から二人目の、つまり掲載作家の中で2番目に若い、松本たかしのこちらの句で締め括りたい。ちなみにたかしのひとり前は星野立子、最後のひとりは池内友次郎だ。

金魚大鱗夕焼の空の如きあり

プロフィールによれば、昭和4年に歴代最年少の24歳でホトトギス同人となり、この同人句集の刊行時でも、その記録は破られていなかったとのこと、若くして才能の花開いたたかしは、刊行当時32歳。鎌倉市浄明寺に住んだ。

「空の如く」ではなく、「空の如き」とした。それは、金魚がいて夕焼の空のようだというのではなくて、夕焼の空とも似た大きな金魚がいるということ。同じことのように見えるのだけれど、「如き」としてあることで、夕焼の空の特徴、たとえば明るさや、色が金魚に似ているのではなくて、「夕焼の空」それ自体のような金魚、ふたつが一体化したような錯覚さえ見える。

だいたい金魚が大隣というのも、どういうことかよくわからない。通常の大きさに比して大きな種類だったのか、あるいは近くから見てそう感じることもある。そして、もしかしたら、それは夕焼だったのかもしれない。

人が見ればそれが夕焼であっても、錯覚であっても、自分の知覚を信じてあるがままに描写すること、それもまた写生のひとつの態度だ。

それにしても、このぶ厚い「同人句集」でさえ、数週間のうちに埋もれてしまう散らかりようは、どうしたらいいのか、それに答える句をこの数ページ前で見つけた。

さみだれや診察券を大切に 
中村汀女

みなさんも読みかけの本と診察券は大切に、この梅雨をお過ごしください。

『ホトトギス同人句集』(1913年)

阪西敦子


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。2024年4月、句集『金魚』を上梓。

俳壇のサグラダ・ファミリア!
ついに刊行!!

◆第一句集
ラガーらの目に一瞬の空戻る
稲畑汀子の言葉として「見るから観るへ」というのがある。これはただ眺めるだけではなく、その奥にある季題の本質を探ることが大切であるという意味だが、まさにそれを実践した素晴らしい作品群である。
(跋より・稲畑廣太郎)

【阪西敦子のバックナンバー】
>>〔124〕留守の家の金魚に部屋の灯を残し 稲畑汀子
>>〔123〕わが家の見えて日ねもす蝶の野良 佐藤念腹
>>〔122〕春惜しみつゝ蝶々におくれゆく   三宅清三郎
>>〔121〕朝寝楽し障子と壺と白ければ   三宅清三郎
>>〔120〕東風を負ひ東風にむかひて相離る   三宅清三郎
>>〔119〕初花や竹の奥より朝日かげ    川端茅舎
>>〔118〕なぐさめてくるゝあたゝかなりし冬    稲畑汀子
>>〔117〕クリスマスイヴの始る厨房よ                千原草之
>>〔116〕傾けば傾くまゝに進む橇                         岡田耿陽
>>〔115〕風邪ごもりかくし置きたる写真見る     安田蚊杖
>>〔114〕舟やれば鴨の羽音の縦横に                    川田十雨
>>〔113〕つはの葉につもりし雪の裂けてあり     加賀谷凡秋
>>〔112〕毛帽子をかなぐりすててのゝしれる     三木朱城
>>〔111〕牡蠣舟やレストーランの灯をかぶり      大岡龍男
>>〔110〕梁折れて頬を打つあり鶉追ふ                三溝沙美
>>〔109〕桔梗やさわや/\と草の雨                楠目橙黄子
>>〔108〕鳥屋の窓四方に展けし花すゝき         丹治蕪人
>>〔107〕秋めくやあゝした雲の出かゝれば          池内たけし
>>〔106〕コスモスのゆれかはしゐて相うたず      鈴鹿野風呂
>>〔105〕淋しさに鹿も起ちたる馬酔木かな      山本梅史
>>〔104〕蜩や久しぶりなる井の頭                     柏崎夢香
>>〔103〕おやすみ
>>〔102〕月代は月となり灯は窓となる         竹下しづの女
>>〔101〕おやすみ
>>〔100〕おやすみ
>>〔99〕おやすみ
>>〔97〕七夕のあしたの町にちる色帋               麻田椎花
>>〔96〕大阪の屋根に入る日や金魚玉                 大橋櫻坡子
>>〔95〕盥にあり夜振のえもの尾をまげて          柏崎夢香
>>〔94〕行く涼し谷の向うの人も行く                  原石鼎
>>〔93〕山羊群れて夕立あとの水ほとり            江川三昧
>>〔92〕思ひ沈む父や端居のいつまでも             石島雉子郎
>>〔91〕麦藁を束ねる足をあてにけり                    奈良鹿郎
>>〔90〕はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな        京極杞陽
>>〔89〕船室の梅雨の鏡にうつし見る     日原方舟
>>〔88〕さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり  千原草之
>>〔87〕おやすみ
>>〔86〕まどごしに與へ去りたる螢かな   久保より江
>>〔85〕日蝕の鴉落ちこむ新樹かな     石田雨圃子
>>〔84〕白牡丹四五日そして雨どつと    高田風人子
>>〔83〕春暁のカーテンひくと人たてり   久保ゐの吉
>>〔82〕かゝる世もありと暮しぬ春炬燵   松尾いはほ
>>〔81〕纐纈の大座布団や春の宵      真下喜太郎

>>〔80〕先生はいつもはるかや虚子忌来る  深見けん二
>>〔79〕夜着いて花の噂やさくら餅      關 圭草
>>〔78〕花の幹に押しつけて居る喧嘩かな   田村木國
>>〔77〕お障子の人見硝子や涅槃寺      河野静雲
>>〔76〕東京に居るとの噂冴え返る      佐藤漾人
>>〔75〕落椿とはとつぜんに華やげる     稲畑汀子
>>〔74〕見てゐたる春のともしびゆらぎけり 池内たけし
>>〔73〕諸事情により、おやすみ
>>〔72〕春雪の一日が長し夜に逢ふ      山田弘子
>>〔71〕早春や松のぼりゆくよその猫    藤田春梢女
>>〔70〕よき椅子にもたれて話す冬籠    池内たけし
>>〔69〕犬去れば次の犬来る鳥総松     大橋越央子
>>〔68〕左義長のまた一ところ始まりぬ      三木
>>〔67〕絵杉戸を転び止まりの手鞠かな    山崎楽堂
>>〔66〕年を以て巨人としたり歩み去る     高浜虚子
>>〔65〕クリスマス近づく部屋や日の溢れ  深見けん二
>>〔64〕突として西洋にゆく暖炉かな     片岡奈王
>>〔63〕茎石に煤をもれ来る霰かな      山本村家
>>〔62〕山茶花の日々の落花を霜に掃く    瀧本水鳴
>>〔61〕替へてゐる畳の上の冬木影      浅野白山
>>〔60〕木の葉髪あはれゲーリークーパーも  京極杞陽

>>〔59〕一陣の温き風あり返り花       小松月尚
>>〔58〕くゝ〳〵とつぐ古伊部の新酒かな   皿井旭川
>>〔57〕おやすみ
>>〔56〕鵙の贄太古のごとく夕来ぬ      清原枴童
>>〔55〕車椅子はもとより淋し十三夜     成瀬正俊
>>〔54〕虹の空たちまち雪となりにけり   山本駄々子
>>〔53〕潮の香や野分のあとの浜畠     齋藤俳小星
>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に      高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸   後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻      歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり       永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり    田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく     成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫        川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り    千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり    千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
>>〔42〕ール買ふ紙幣(さつ)をにぎりて人かぞへ  京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉

>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり   赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜     飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵       岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く      千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ      森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女

>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山




【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 鯛の眼の高慢主婦を黙らせる 殿村菟絲子
  2. 梅ほつほつ人ごゑ遠きところより 深川正一郎【季語=梅 (春)】
  3. よし切りや水車はゆるく廻りをり 高浜虚子【季語=葭切(夏)】
  4. 輝きてビラ秋空にまだ高し 西澤春雪【季語=秋空(秋)】
  5. 愛されずして沖遠く泳ぐなり 藤田湘子【季語=泳ぐ(夏)】
  6. 人の日の枯枝にのるひかりかな 飯島晴子【季語=人の日(新年)】
  7. 麦秋や光なき海平らけく 上村占魚【季語=麦秋(夏)】
  8. 葡萄垂れとしよりの日のつどひ見ゆ 大野林火【季語=葡萄(秋)】

おすすめ記事

  1. 【夏の季語】金魚
  2. 石よりも固くなりたき新松子 後藤比奈夫【季語=新松子(秋)】
  3. 【結社推薦句】コンゲツノハイク【2022年5月分】
  4. 「パリ子育て俳句さんぽ」【12月4日配信分】
  5. 「パリ子育て俳句さんぽ」【11月5日配信分】
  6. 本州の最北端の氷旗 飯島晴子【季語=氷旗(夏)】
  7. 神保町に銀漢亭があったころ【第68回】堀田季何
  8. 倉田有希の「写真と俳句チャレンジ」【第2回】石田波郷と写真と俳句
  9. 【秋の季語】秋分の日
  10. 【夢の俳句】

Pickup記事

  1. 野の落暉八方へ裂け 戰爭か 楠本憲吉
  2. 【オンライン勉強会のご案内】「東北の先人の俳句を読もう」
  3. 行秋や音たてて雨見えて雨 成瀬正俊【季語=行秋(秋)】
  4. 【春の季語】雁帰る
  5. 【連載】新しい短歌をさがして【5】服部崇
  6. 本の山くづれて遠き海に鮫 小澤實【季語=鮫(冬)】
  7. 船室の梅雨の鏡にうつし見る 日原方舟【季語=梅雨(夏)】
  8. 【冬の季語】神無月/かみなづき 神去月 神在月 時雨月 初霜月
  9. 来たことも見たこともなき宇都宮 /筑紫磐井
  10. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第5回】隅田川と富田木歩
PAGE TOP