行く涼し谷の向うの人も行く原石鼎【季語＝涼し（夏）】

ハイクノミカタ

行く涼し谷の向うの人も行く原石鼎【季語＝涼し（夏）】

2022/7/15
ハイクノミカタ, 阪西敦子
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行く涼し谷の向うの人も行く

原石鼎(はら・せきてい))

降る降ると言われていた先週、大した雨も降らずに過ぎて、風が秋のような日には、そろそろ晩夏かと思えば、雨の七曜が始まった東京。すっかり日常に溶け込んだような様子をして、着々と感染を進めるウイルスも外へ行くことを阻み、家に閉じ込められてしまっているこのところに、こんな句はどうでしょうか。

行く涼し谷の向うの人も行く

『ホトトギス同人句集』は、知らなかった癖・強め俳人がずらずら載っているばかりではなくて、その中に（当たり前ですが）、素知らぬ風をして、有名俳人もふと現れる。生年月日の順だから、その並びには、特段の配慮はない。

明治十九年生まれ同人のトップは、六月生まれのこの人、原石鼎が飾っている。「虚子門四天王」なんていう冗談みたいな名前のユニットの一角を占めた石鼎だけれど、さすがにプロフィールにその記述はない。

百句の最後に「（以上吉野山時代の句より）」とあることから、明治から大正にかけて吉野に住んでいた頃の句を、この同人句集に寄せているようだ。それは、京都医専を中退して放浪生活に入った先でのこと。

実は、個人的には石鼎は四天王の中で一番好きな句柄。その独特の飛躍のある表現にもファンが多い石鼎だけれど、私が特に好きなのはその物事の把握のありようによる。もちろん、あの表現があるからこそ、石鼎の把握のあり方がこちらに伝わるわけだけれど、「詞先」か「曲先」かで言えば…、どちらがどちらかわからないけれど、私にとって石鼎を好きな理由は、内容が先行する。

といっても、「行く涼し」の唐突なはじまりには、やはりにやりとせずにはいられない。行くということが涼しいという、そ、それで？？というようなことを、いろいろなものをかなり切り詰めて五音に収め、それなのに後半は、ひとつの助詞も省略せずに、一句中に二回目の「行く」まで使って谷の向こう側の人の話。

このテンポの落差が、こちらで進みながら感じている涼しさと、谷の向こうの距離、切り離れた様子、そして、やはりどこかシンメトリーな涼しさを伝えている。

細かいことだけれどついでにいえば、最初の「行く」が名詞的に使われているのに対して、最後の「行く」は完全に動詞として終わっている妙なずれもすごく涼しくていい。このへん、伝わりにくいと思うけれど、

いやはや、涼しくいくつもりが、暑苦しく石鼎語りをしてしまいました。週末、家にいらっしゃる方は、是非、Swingin‘石鼎の風を入れてみては。

『ホトトギス同人句集』（1938年）

（阪西敦子）

【執筆者プロフィール】
阪西敦子（さかにし・あつこ）
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。

【阪西敦子のバックナンバー】

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＞＞〔92〕思ひ沈む父や端居のいつまでも             石島雉子郎
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＞＞〔90〕はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな        京極杞陽
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