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クッキーと林檎が好きでデザイナー 千原草之【季語=林檎(秋)】


クッキーと林檎が好きでデザイナー 

千原草之


一週間前は、金木犀が香っていたが、もう、ほとんど香らなくなった。一週間前はなかった台風が生まれて、進路を変えて、近づいてきた。みなさん、そんな金曜日です。

この句がはじまって、クッキーが出てきて、林檎が好きで…。そして、デザイナー、そう、デザイナーだ、デザイナー…? このような展開を誰が予想できただろうか。

なんの無理もない出来事だ、クッキーと林檎が好きな人、いくらだっているだろう、ややハイカラであるけれど、それだけだ。「神戸 昭和三十年」とある、ますますそんなことがあったかもしれない。

そうではない、俳句の十七音というごく限られた時間の終わりに、デザイナーが出てくるから、驚くのだ。たわいもなく始まってのちの、この激しいドライブ感が、この作家、千原草之の真骨頂である。

この句の頃の林檎はフルーツの中でどんな位置づけだっただろう、山で売っていただろうか、うさぎの耳がついていただろうか、フルーツというくくりにさえ入れられていないかもしれない。蜜柑や梨、あるいは玉蜀黍、焼藷、そんな日常的果物の一つであっただろうか。

それがどうだろう、クッキーに続いて好物に数えあげられた林檎は、とたんにコスモポリテイックな地位を与えられ、それは時代の先をゆく職業人の手に収まる。俳句ではよく「季題の描き方」という言い方をするけれど、というよりは「季題の切り取り方」あるいは、これは、もう、「季題への場所の与え方」と言えるかもしれない。

「現実は小説より奇なり」はここでうまくはまるかわからないけれど、現実こそが詩を刷新する、そう願って俳句を作る私をはじめとした者たちにとって、千原草之の「季題の場所」は、この「「なぜそこに林檎を置いた」感」は、今も遥かなる憧れである。

さて、クッキーも林檎も、そしてデザイナーでさえも、今ではコンピューターの縁語だ。草之がそれを知ったら、何と言っただろうか。もしかしたら、それさえも、彼の好感度アンテナが予見していたとしたら。

みなさんの週末に、思いがけない林檎が転がり出てきますように。

『垂水』(東京美術、1983年)所収。

(阪西敦子)


🍀 🍀 🍀 季語「林檎」については、「セポクリ歳時記」もご覧ください。


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。

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