ハイクノミカタ

蟷螂の怒りまろびて掃かれけり 田中王城【季語=蟷螂(秋)】


蟷螂の怒りまろびて掃かれけり

田中王城(たなか・おうじょうまさとし))


何が始まって何が終わって、今、自分が何と何の間にいるのか、目まぐるしく移り変わるこのごろ、近づいてくる次の段階に向かう準備に気を取られるうちに、あっという間に初秋の終わりの金曜ですよ。

終業式と始業式の間があって、開会式と閉会式の間があって、一回目接種と二回目接種があって。しかもワクチンは、二回目のあと二週間して効果が確立するとか、三回目も必要だとか、始まって終わるものよりはやや複雑だ。

 蟷螂の怒りまろびて掃かれけり

こちらの蟷螂(=かまきり)の状態変化も三段階。蟷螂が怒っている。それは鎌を振り上げた、お決まりのポーズ。そして、転ぶ。風だろうか、長い脚がもつれたのだろうか。折あしく、そこには箒が現れて、あわれ、蟷螂は掃かれてしまうのでした。

動詞の連続によって、対象の変化を描くために、説明的・散文的となることを避けるのは難しい。この句では、やや単調な構成の中に、「怒り」のあとの、「まろび」、「掃かれ」への展開の呆気なさによって、単調さをやや逃れているだろうか。蟷螂自身も、その変化の速さに飲み込まれているようだ。

ワクチン接種の備えとして、アイスクリームがいいとか、ゼリーが助かるとか、そんなメモをもって買い物に行ったものの、結局買ったのは缶詰のスープに豆腐に真空パックの煮物。結局、すぐ怒る蟷螂のことを言うことはできなくて、自分の慣習には逆らえないことを知らされる。せめて、転んで掃かれませんように。

店頭の味覚も変わる時期だ、続々秋のものが並ぶ週末になりますように。

『ホトトギス同人句集』(1938年)

阪西敦子


【阪西敦子のバックナンバー】
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく     成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫        川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り    千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり    千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
>>〔42〕ール買ふ紙幣(さつ)をにぎりて人かぞへ  京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉
>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり   赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜     飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵       岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く      千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ      森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女


>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 太る妻よ派手な夏着は捨てちまへ ねじめ正也【季語=夏着(夏)】
  2. 魚は氷に上るや恋の扉開く 青柳飛【季語=魚氷に上る(春)】
  3. プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ 石田波郷【季語=夏来る(夏)】…
  4. 人はみななにかにはげみ初桜 深見けん二【季語=初桜(春)】
  5. また次の薪を火が抱き星月夜 吉田哲二【季語=星月夜(秋)】
  6. 或るときのたつた一つの干葡萄 阿部青鞋
  7. 日が照つて厩出し前の草のいろ 鷲谷七菜子【季語=厩出し(春)】
  8. 数へ日を二人で数へ始めけり 矢野玲奈【季語=数へ日(冬)】

おすすめ記事

  1. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第43回】 淋代海岸と山口青邨
  2. 【春の季語】春の野
  3. 蜃気楼博士ばかりが現れし 阪西敦子【季語=蜃気楼(春)】
  4. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第5回】隅田川と富田木歩
  5. 【連載】加島正浩「震災俳句を読み直す」第6回
  6. 捨て櫂や暑気たゞならぬ皐月空 飯田蛇笏【季語=皐月(夏)】
  7. 神保町に銀漢亭があったころ【第78回】脇本浩子
  8. 【連載】新しい短歌をさがして【3】服部崇
  9. 神保町に銀漢亭があったころ【第120回】吉田類
  10. 春雷や刻来り去り遠ざかり 星野立子【季語=春雷(春)】

Pickup記事

  1. 【#31】ヴィヴィアン・ウエストウッドとアーガイル柄の服
  2. オルゴールめく牧舎にも聖夜の灯 鷹羽狩行【季語=聖夜(冬)】
  3. 初鰹黒潮を来し尾の緊まり 今瀬一博【季語=初鰹(夏)】
  4. 「パリ子育て俳句さんぽ」【2月5日配信分】
  5. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第5回】隅田川と富田木歩
  6. 【結社推薦句】コンゲツノハイク【2021年11月分】
  7. 択ぶなら銀河濃きころ羊村忌  倉橋羊村【季語=銀河(秋)】
  8. 蟷螂の怒りまろびて掃かれけり 田中王城【季語=蟷螂(秋)】
  9. 【秋の季語】コスモス
  10. 【冬の季語】八手の花
PAGE TOP