ハイクノミカタ

イエスほど痩せてはをらず薬喰 亀田虎童子【季語=薬喰(冬)】

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イエスほど痩せてはをらず薬喰

亀田虎童子


『日本大歳時記』(講談社 1983年)による「薬喰」の解説を引く。

「獣肉を食べることを嫌った時代があったので、これを薬と称して食べもした。また鹿の肉は冬期に食べれば身体の邪気を払い、血行をよくすると言われているので、これを食べることを薬喰というのである。他の獣類の肉でも薬喰と言った。」

獣肉食が武士のあいだで最もタブー視されたのは元禄時代らしい。大石内蔵助も薬喰をしたのではないか、というエッセイが丸谷才一にあり、傾城姿のお軽を侍らせた大石が鍋をつついているイラストを和田誠が添えていた。中村吉右衛門扮する内蔵助(歌舞伎なら大星由良之助だが)が猪鍋に箸をつけているシーンならば、お軽役は誰が似合うかしらん、などと妄想が爆走してしまう。余談はともかく、これは薬だぜい、なんて言い逃れめいているけれど、こんな隠語を思いついた古人の機知にはニヤリとさせられる。猪肉を山鯨とか唐獅子牡丹になぞらえて牡丹、鹿肉なら花札の見立てで紅葉と呼ぶのだってどうしてどうして洗練された趣向ではないか。

さて掲句。作者は体調を崩したか、もともと蒲柳の質なのか、体重が落ちている。寒さが厳しくなる折でもあり、肉を食べて体を温め精をつけようと思い立った。自分の痩せ具合を喩えるに唐突に引き合いに出されたイエス様はびっくりしているに違いない。磔刑のイメージが強烈なので、イエス・キリストと言えば頬はこけ、肋骨の浮いた姿が真っ先に思い浮かぶ。聖母子や布教を描いた絵画ではそんなことはないのだけれど。薬喰という日本の風習と西洋の宗教、食事の愉楽と禁欲の対比が些か不謹慎な笑いを伴って迎えられる句だと思う。同時に、ほろ苦く交錯する作者の自嘲と自愛も伝わってくる。

今日はクリスマス。ローストチキン、ローストビーフ、すき焼きなどを囲んで家族団欒を過ごす人、レストランでジビエ料理に舌鼓を打つ人、様々だろう。風邪を引きやすい季節の上にコロナ禍はまだまだ続きそう。美味しく食べ、よく笑って免疫力を上げて年末を乗り切りたいものだ。

(『日常』文學の森 2017年より)

太田うさぎ


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』


【太田うさぎのバックナンバー】

>>〔64〕大氷柱折りドンペリを冷やしをり  木暮陶句郎
>>〔63〕うららかさどこか突抜け年の暮    細見綾子
>>〔62〕一年の颯と過ぎたる障子かな     下坂速穂
>>〔61〕みかんむくとき人の手のよく動く   若杉朋哉
>>〔60〕老人になるまで育ち初あられ     遠山陽子
>>〔59〕おやすみ
>>〔58〕天窓に落葉を溜めて囲碁倶楽部   加倉井秋を
>>〔57〕ビーフストロガノフと言へた爽やかに 守屋明俊
>>〔56〕犬の仔のすぐにおとなや草の花    広渡敬雄
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>>〔54〕紐の束を括るも紐や蚯蚓鳴く      澤好摩
>>〔53〕鴨が来て池が愉快となりしかな    坊城俊樹
>>〔52〕どの絵にも前のめりして秋の人    藤本夕衣
>>〔51〕少女期は何かたべ萩を素通りに    富安風生
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>>〔47〕あづきあらひやひとり酌む酒が好き  西野文代
>>〔46〕夫婦は赤子があつてぼんやりと暮らす瓜を作つた 中塚一碧楼
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>>〔43〕暑き夜の惡魔が頤をはづしゐる    佐藤鬼房
>>〔42〕何故逃げる儂の箸より冷奴     豊田すずめ
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>>〔1〕長き夜の四人が実にいい手つき    佐山哲郎


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