ハイクノミカタ

夫婦は赤子があつてぼんやりと暮らす瓜を作つた 中塚一碧楼


夫婦は赤子があつてぼんやりと暮らす瓜を作つた

中塚一碧楼


先週に引き続き現代日本文學大系95 現代句集』を取り出して、この時期に取り上げるなら渡辺水巴の清涼感もいいかしら、と目を通していた。つらつらページを繰るうちに、気づけば先ほどまで広々とあった三段の余白がめっきり狭まり、一句がやたら長い。ん?んん?とよく見れば次の章の「中塚一碧楼篇」に移っていたのだった。

正直なところ、新傾向俳句や自由律俳句は苦手だ。私は、俳句は一にも二にも有季定型とは思っていないし、さしたる俳句信条も持ち合わせていない。単に、破調で長いのはちょっと読んでいて疲れちゃうナ、という読解エネルギー欠乏症なのです。そんな意味で苦手意識を持ったまま、ここは行きがかり上ちょっと付き合ってみるか、と軽く読み始めたところ、想像していなかった面白さなのだ。ことに、第二句集はそれまで遵守してきた定型を捨てて新たな句境を目指そうという意気込みが一句一句から立ち上ってくる。<ある日はひとりで体操をして蠅が淋しい>の体操から蠅の淋しさへの展開、<夫人よ炎天の坂下でどきまぎしてよろしい>の「よろしい」って何の許可?かと思えば<親鳥まどろみ春の潮鳴りたうたうたう>の子守唄のような優しさ、などなど読む愉しみが尽きない。

その中でもなぜか目が離せなくなったのが掲句。

一見散文的だけれど、上から読むとなにか引っかかる。「赤子があつて」が「瓜を作つた」に帰結するのはその間の飛躍があるにせよ、分かる。途中に挟まった「ぼんやりと暮らす」が曲者だ。これはどこにかかるのだろう。上句と下句のあいだに宙ぶらりんになった様はまさしく瓜。赤ちゃんがいれば目を離す暇もなさそうなのに、「ぼんやり」というのもいささか肩透かしを食らう。「のんびり」ではなく「ぼんやり」。あまり裕福ではなさそうだけれど不幸でもない。幸福や不幸という何が基準かも分からない偏差値など超越したところに生きている家族とも見える。その全体がなんだかもう、瓜っぽい。この夫婦とは一碧楼自身のことかもしれないが、久隅守景の「納涼図屏風」の景色を思い浮かべもする。夕顔棚の下に筵を敷き、頬杖をついて寝そべる男と肌脱ぎ横座りの女、後ろにちょこんと幼子のいる夕涼みの景色だ。お互いに顔を見合わすでもなく、それぞれの思いにふけっているようなのがこの句と似通っている。

ぼんやり、あなどれない。いや、あなどれないのは瓜か。

『現代日本文學大系95 現代句集』(筑摩書房)より

太田うさぎ


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』


【太田うさぎのバックナンバー】
>>〔45〕目薬に涼しく秋を知る日かな     内藤鳴雪
>>〔44〕金閣をにらむ裸の翁かな      大木あまり
>>〔43〕暑き夜の惡魔が頤をはづしゐる    佐藤鬼房
>>〔42〕何故逃げる儂の箸より冷奴     豊田すずめ
>>〔41〕ひそひそと四万六千日の猫      菊田一平
>>〔40〕香水や時折キッとなる婦人      京極杞陽
>>〔39〕せんそうのもうもどれない蟬の穴   豊里友行
>>〔38〕父の日やある決意してタイ結ぶ    清水凡亭
>>〔37〕じゆてーむと呟いてゐる鯰かな    仙田洋子
>>〔36〕蚊を食つてうれしき鰭を使ひけり    日原傳
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>>〔17〕枯野から信長の弾くピアノかな    手嶋崖元
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>>〔15〕悲しみもありて松過ぎゆくままに   星野立子
>>〔14〕初春の船に届ける祝酒        中西夕紀
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>>〔11〕蓮ほどの枯れぶりなくて男われ   能村登四郎
>>〔10〕略図よく書けて忘年会だより    能村登四郎
>>〔9〕暖房や絵本の熊は家に住み       川島葵 
>>〔8〕冬の鷺一歩の水輪つくりけり     好井由江
>>〔7〕どんぶりに顔を埋めて暮早し     飯田冬眞
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>>〔5〕新蕎麦や狐狗狸さんを招きては    藤原月彦
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>>〔3〕ワイシャツに付けり蝗の分泌液    茨木和生
>>〔2〕秋蝶の転校生のやうに来し      大牧 広
>>〔1〕長き夜の四人が実にいい手つき    佐山哲郎


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