ハイクノミカタ

金閣をにらむ裸の翁かな 大木あまり【季語=裸(夏)】


金閣をにらむ裸の翁かな

大木あまり


連日30℃超えと暑さが厳しい。このコーナーであづあづ言っているのは阪西敦子さんと私だけのような気がするのだが、もしかして水瓶座は夏負けしやすいのか、いや暑さを出汁にしてビールを飲みたいだけなのか(こっちが正解、多分)。

せめて俳句で涼を取ろうかと幾冊かの句集を繰り、いい風に吹かれたり、手足を水に浸したりしたのだけれど、思い直した。暑さは暑い句で征すべし。真夏の激辛カレー戦法である。

それに、来週は立秋。私の夏の出番も今日までならば飛びっきり暑い句を読もうじゃないの。

という訳で、

  金閣をにらむ裸の翁かな

句の孕む熱気によろけそうになる。勢いよく押し寄せるのではなく、じりじりと持久戦に持ち込むような熱だ。

金閣寺。その名の通り全面金箔張りの絢爛たる外観は拝観者を驚愕させる。夏の盛りの京都を訪れたことのある人ならば誰でも盆地特有の暑さに辟易したことがあるだろう。まさに溽暑である。真夏の日差しが照りつける金閣を想像するだけでもこちらの身が溶け出しかねない。なのに、この裸の老人ときたら、溶けるどころか仁王立ちして燦然と輝く舎利殿をねめつけているのだ。裸と言っても上半身の着衣を剥いだ所謂肌脱ぎなのでしょう。金閣が象徴する富や権力に挑むなら纏っているものをかなぐり捨てるほかない。何者も寄せ付けない一対一の、誰の為でもない炎天下の決斗。

便宜上「老人」と書いたが、「翁」の一字が句に緊張感をもたらしているのは言うまでもない。これを「お爺さん」と言い換えようものなら途端に三流以下の句になってしまう。

いや、それはそれで嫌いではないのだけれど。何の因縁か、永年金閣と渡り合い年齢を重ねてきたと思われる男への敬意が作者に「翁」という言葉を選ばせたのだろう。そして、俳句というタブローに焼き付けられた二者の戦いの勝敗は永遠につかないのである。

ああ、暑い。

(小林恭二『俳句という愉しみ』岩波新書より)

太田うさぎ


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』


【太田うさぎのバックナンバー】
>>〔43〕暑き夜の惡魔が頤をはづしゐる    佐藤鬼房
>>〔42〕何故逃げる儂の箸より冷奴     豊田すずめ
>>〔41〕ひそひそと四万六千日の猫      菊田一平
>>〔40〕香水や時折キッとなる婦人      京極杞陽
>>〔39〕せんそうのもうもどれない蟬の穴   豊里友行
>>〔38〕父の日やある決意してタイ結ぶ    清水凡亭
>>〔37〕じゆてーむと呟いてゐる鯰かな    仙田洋子
>>〔36〕蚊を食つてうれしき鰭を使ひけり    日原傳
>>〔35〕好きな樹の下を通ひて五月果つ    岡崎るり子
>>〔34〕多国籍香水六時六本木        佐川盟子
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>>〔27〕春林をわれ落涙のごとく出る     阿部青鞋
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>>〔22〕花ミモザ帽子を買ふと言ひ出しぬ  星野麥丘人
>>〔21〕あしかびの沖に御堂の潤み立つ   しなだしん

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>>〔15〕悲しみもありて松過ぎゆくままに   星野立子
>>〔14〕初春の船に届ける祝酒        中西夕紀
>>〔13〕霜柱ひとはぎくしやくしたるもの  山田真砂年
>>〔12〕着ぶくれて田へ行くだけの橋見ゆる  吉田穂津
>>〔11〕蓮ほどの枯れぶりなくて男われ   能村登四郎
>>〔10〕略図よく書けて忘年会だより    能村登四郎
>>〔9〕暖房や絵本の熊は家に住み       川島葵 
>>〔8〕冬の鷺一歩の水輪つくりけり     好井由江
>>〔7〕どんぶりに顔を埋めて暮早し     飯田冬眞
>>〔6〕革靴の光の揃ふ今朝の冬      津川絵里子
>>〔5〕新蕎麦や狐狗狸さんを招きては    藤原月彦
>>〔4〕女房の化粧の音に秋澄めり      戸松九里
>>〔3〕ワイシャツに付けり蝗の分泌液    茨木和生
>>〔2〕秋蝶の転校生のやうに来し      大牧 広
>>〔1〕長き夜の四人が実にいい手つき    佐山哲郎


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