ハイクノミカタ

髪で捲く鏡や冬の谷底に 飯島晴子【季語=冬(冬)】


髪で捲く鏡や冬の谷底に)

飯島晴子

湿った谷底の空気。そうとうな長い、しかも一本一本が確かな太さを伴う、ばさばさに乾燥した黒髪。その髪でごつごつの手鏡を捲いてゆく。髪の長さを考えれば、かなり不自然で大きな動作を必要とするだろう。その荒々しさ、懸命さに胸を打たれる。髪と髪とをその表面で交差させながら、鏡はだんだん頭そのものの近くへ。頭に接近した手鏡は、もはや手鏡としての機能を果たせなくなる。蕭条とした谷底に、髪や鏡の光がちらつくのである。

掲句は、晴子が高千穂の夜神楽を見に行ったときのものという。「髪で捲く鏡」は、「神楽を舞う神の身振りの描写」とのことである。

以前、晴子は野性も洗練も好んでいたのではないかと書いた。例えば〈一月の低地少年の髪をおもひ〉は、掲句と言葉はきわめて近いが、全く違う趣向を示すことがわかるだろう。

小山玄紀


【執筆者プロフィール】
小山玄紀(こやま・げんき)
平成九年大阪生。櫂未知子・佐藤郁良に師事、「群青」同人。第六回星野立子新人賞、第六回俳句四季新人賞。句集に『ぼうぶら』。俳人協会会員


小山玄紀さんの句集『ぼうぶら』(2022年)はこちら↓】


【小山玄紀のバックナンバー】
>>〔42〕ひきつゞき身のそばにおく雪兎 飯島晴子
>>〔41〕人の日の枯枝にのるひかりかな 飯島晴子
>>〔40〕年逝くや兎は頰を震はせて 飯島晴子
>>〔39〕白菜かかへみやこのなかは曇なり 飯島晴子
>>〔38〕新道をきつねの風がすすんでゐる 飯島晴子
>>〔37〕狐火にせめてををしき文字書かん 飯島晴子
>>〔36〕気が変りやすくて蕪畠にゐる 飯島晴子
>>〔35〕蓮根や泪を横にこぼしあひ 飯島晴子
>>〔34〕みどり児のゐて冬瀧の見える家 飯島晴子
>>〔33〕冬麗の谷人形を打ち合はせ 飯島晴子
>>〔32〕小鳥来る薄き机をひからせて 飯島晴子
>>〔31〕鹿の映れるまひるまのわが自転車旅行 飯島晴子
>>〔30〕鹿や鶏の切紙下げる思案かな 飯島晴子
>>〔29〕秋山に箸光らして人を追ふ 飯島晴子
>>〔28〕ここは敢て追はざる野菊皓かりき 飯島晴子
>>〔27〕なにはともあれの末枯眺めをり 飯島晴子
>>〔26〕肉声をこしらへてゐる秋の隕石 飯島晴子
>>〔25〕けふあすは誰も死なない真葛原 飯島晴子
>>〔24〕婿は見えたり見えなかつたり桔梗畑 飯島晴子
>>〔23〕白萩を押してゆく身のぬくさかな 飯島晴子
>>〔22〕露草を持つて銀行に入つてゆく 飯島晴子
>>〔21〕怒濤聞くかたはら秋の蠅叩   飯島晴子
>>〔20〕葛の花こぼれやすくて親匿され 飯島晴子
>>〔19〕瀧見人子を先だてて来りけり  飯島晴子
>>〔18〕未草ひらく跫音淡々と     飯島晴子
>>〔17〕本州の最北端の氷旗      飯島晴子
>>〔16〕細長き泉に着きぬ父と子と   飯島晴子
>>〔15〕この人のうしろおびただしき螢 飯島晴子
>>〔14〕軽き咳して夏葱の刻を過ぐ   飯島晴子
>>〔13〕螢とび疑ひぶかき親の箸    飯島晴子
>>〔12〕黒揚羽に当てられてゐる軀かな 飯島晴子
>>〔11〕叩頭すあやめあざやかなる方へ 飯島晴子


>>〔10〕家毀し瀧曼荼羅を下げておく 飯島晴子
>>〔9〕卯月野にうすき枕を並べけり  飯島晴子
>>〔8〕筍にくらき畳の敷かれあり   飯島晴子
>>〔7〕口中のくらきおもひの更衣   飯島晴子
>>〔6〕日光に底力つく桐の花     飯島晴子
>>〔5〕気を強く春の円座に坐つてゐる 飯島晴子
>>〔4〕遅れて着く花粉まみれの人喰沼 飯島晴子
>>〔3〕人とゆく野にうぐひすの貌強き 飯島晴子
>>〔2〕やつと大きい茶籠といつしよに眠らされ 飯島晴子
>>〔1〕幼子の手の腥き春の空   飯島晴子


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