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瀧見人子を先だてて来りけり 飯島晴子【季語=滝見(夏)】


瀧見人子を先だてて来りけり)

飯島晴子

 この「子」は何も小さい子どもである必要はないのだが、そのように読む方が、「瀧見人」との対比が明らかになって句に奥行きがもたらされると思う。

 どうも「子を先だてて」には、子供への心配以上の何かがありそうではないか。どこか、子どもという神秘的な存在に自分を導いてもらうような感じがある。掲句では、あくまでその子どもは「瀧見人」としては扱われていない。瀧を見るという人間くさい側ではなく、瀧そのものの側に子どもがいるようである。

 一句の比重は子ではなく瀧見人の方にある。「先だてて」の、ごつごつと岩を踏んでゆくような感触とは対照的に、顔さえも曖昧な、淡い光のような存在として子どもは一句の景の端をひらひらとゆく。ゆっくりすすむ瀧見人と、軽快な子どもとの足取りの違いも見えて来よう。以前、新生児の「まだ何にも被われない命の反応の敏感さに畏れをも」ち、その子が「目も見え耳も聞えるに従って反応の神秘性は消えて、平凡で健康な赤ん坊に育っていった」という晴子のエッセイの一節を紹介したが、それなりに大きくなっても、案外やはり大人とは違う神秘性が子どもには備わっているのかもしれない。

小山玄紀


【執筆者プロフィール】
小山玄紀(こやま・げんき)
平成九年大阪生。櫂未知子・佐藤郁良に師事、「群青」同人。第六回星野立子新人賞、第六回俳句四季新人賞。句集に『ぼうぶら』。俳人協会会員


小山玄紀さんの句集『ぼうぶら』(2022年)はこちら↓】


【小山玄紀のバックナンバー】
>>〔18〕未草ひらく跫音淡々と     飯島晴子
>>〔17〕本州の最北端の氷旗      飯島晴子
>>〔16〕細長き泉に着きぬ父と子と   飯島晴子
>>〔15〕この人のうしろおびただしき螢 飯島晴子
>>〔14〕軽き咳して夏葱の刻を過ぐ   飯島晴子
>>〔13〕螢とび疑ひぶかき親の箸    飯島晴子
>>〔12〕黒揚羽に当てられてゐる軀かな 飯島晴子
>>〔11〕叩頭すあやめあざやかなる方へ 飯島晴子


>>〔10〕家毀し瀧曼荼羅を下げておく 飯島晴子
>>〔9〕卯月野にうすき枕を並べけり  飯島晴子
>>〔8〕筍にくらき畳の敷かれあり   飯島晴子
>>〔7〕口中のくらきおもひの更衣   飯島晴子
>>〔6〕日光に底力つく桐の花     飯島晴子
>>〔5〕気を強く春の円座に坐つてゐる 飯島晴子
>>〔4〕遅れて着く花粉まみれの人喰沼 飯島晴子
>>〔3〕人とゆく野にうぐひすの貌強き 飯島晴子
>>〔2〕やつと大きい茶籠といつしよに眠らされ 飯島晴子
>>〔1〕幼子の手の腥き春の空   飯島晴子


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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