ハイクノミカタ

叩頭すあやめあざやかなる方へ 飯島晴子【季語=あやめ(夏)】


叩頭すあやめあざやかなる方へ)

飯島晴子

 掲句の収められている『春の蔵』には〈献身やあやめをざつと見渡して〉という句もあるが、比べるとどうだろうか。

 まず、上五の「叩頭」と「献身」。「献身」の方がしっかりと身を入れており、情のこもっている感じがする。一方の「叩頭」はもっとよそよそしい。

 では中七下五はどうだろう。「あやめをざつと見渡して」の場合は、即座に「献身」の対象を決めているような印象がある。言い方にも、切れ味の良さがある。一方の掲句の場合は、熟考の末に「あやめあざやかなる方へ」叩頭した感じがする。だからこそ、「献身」のような自己主張はなく、もっとさっぱりと、何かを悟った後なのだと思われる。のっぺりとした文体にも、その余裕が現れている。「宜しく」とも「有難う」とも「さようなら」ともとれる。あるいは、「宜しく」も「有難う」も「さようなら」も本質的には同じという次元での一句なのかもしれない。

小山玄紀


【執筆者プロフィール】
小山玄紀(こやま・げんき)
平成九年大阪生。櫂未知子・佐藤郁良に師事、「群青」同人。第六回星野立子新人賞、第六回俳句四季新人賞。句集に『ぼうぶら』。俳人協会会員


小山玄紀さんの句集『ぼうぶら』(2022年)はこちら↓】


【小山玄紀のバックナンバー】

>>〔10〕家毀し瀧曼荼羅を下げておく 飯島晴子
>>〔9〕卯月野にうすき枕を並べけり  飯島晴子
>>〔8〕筍にくらき畳の敷かれあり   飯島晴子
>>〔7〕口中のくらきおもひの更衣   飯島晴子
>>〔6〕日光に底力つく桐の花     飯島晴子
>>〔5〕気を強く春の円座に坐つてゐる 飯島晴子
>>〔4〕遅れて着く花粉まみれの人喰沼 飯島晴子
>>〔3〕人とゆく野にうぐひすの貌強き 飯島晴子
>>〔2〕やつと大きい茶籠といつしよに眠らされ 飯島晴子
>>〔1〕幼子の手の腥き春の空   飯島晴子


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 波冴ゆる流木立たん立たんとす 山口草堂【季語=冴ゆ(冬)】
  2. ふんだんに星糞浴びて秋津島 谷口智行【季語=星糞(秋)】
  3. 螢とび疑ひぶかき親の箸 飯島晴子【季語=螢(夏)】
  4. 牡蠣舟やレストーランの灯をかぶり      大岡龍男【季語=牡蠣…
  5. 誰かまた銀河に溺るる一悲鳴 河原枇杷男【季語=銀河(秋)】
  6. 廃墟春日首なきイエス胴なき使徒 野見山朱鳥【季語=春日(春)】
  7. 秋うらら他人が見てゐて樹が抱けぬ 小池康生【季語=秋うらら(秋)…
  8. 蟷螂の怒りまろびて掃かれけり 田中王城【季語=蟷螂(秋)】

おすすめ記事

  1. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第22回】東山と後藤比奈夫
  2. 酒よろしさやゑんどうの味も好し 上村占魚【季語=豌豆(夏)】
  3. 【冬の季語】兎
  4. バー温し年豆妻が撒きをらむ 河野閑子【季語=年豆(冬)】
  5. 【結社推薦句】コンゲツノハイク【2021年12月分】
  6. 牡蠣フライ女の腹にて爆発する 大畑等【季語=牡蠣(冬)】
  7. 紐の束を括るも紐や蚯蚓鳴く 澤好摩【季語=蚯蚓鳴く(秋)】
  8. 【書評】中原道夫 第13句集『彷徨』(ふらんす堂、2019年)
  9. みづうみに鰲を釣るゆめ秋昼寝 森澄雄【季語=鯊・秋昼寝(秋)】
  10. 百方に借あるごとし秋の暮 石塚友二【季語=秋の暮(秋)】

Pickup記事

  1. 酒醸す色とは白や米その他 中井余花朗
  2. 共にゐてさみしき獣初しぐれ 中町とおと【季語=初時雨(冬)】
  3. 【連載】もしあの俳人が歌人だったら Session#11
  4. 恋の句の一つとてなき葛湯かな 岩田由美【季語=葛湯(冬)】
  5. 【夏の季語】サングラス
  6. 【夏の季語】飛魚/とびを つばめ魚 あご
  7. 【冬の季語】聖夜劇
  8. 【冬の季語】冬蟹
  9. 婿は見えたり見えなかつたり桔梗畑 飯島晴子【季語=桔梗(秋)】
  10. 神保町に銀漢亭があったころ【第10回】相沢文子
PAGE TOP