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極寒の寝るほかなくて寝鎮まる 西東三鬼【季語=極寒(冬)】


極寒の寝るほかなくて寝鎮まる

西東三鬼


極寒とはどれくらいの寒さを言うのだろうか。「平凡社俳句歳時記」(冬/山口青邨編)では、東京の場合「氷点下三度以下になった日を厳寒と見なして」とあり、それが何日も続いた記録を詳しく載せている。

この歳時記の初版は昭和34年であるからそれ以前の記録ということになるが、12日間というのが明治14年の1月7日から18日までと、昭和11年の1月16日から25日までの2回。その他、10日間が2回、8日間が6回あると記されている。

(ちなみに昨冬の当地では、2019年12月12日から2020年2月11日までの62日間連続だった。)

最低気温が氷点下3度などといえば、ここ道北ではかなり暖かい日に属するが、それはひとえに慣れの問題で、東京の人にはたいへん寒く感じられるのだろう。ましてや戦前であれば、障子一枚で外界と隔てられ、暖房は火鉢くらいしかないという家屋も多かったことを思うと、現代の感覚ではなかなかわからないものかもしれない。

極寒の寝るほかなくて寝鎮まる

三鬼の句業を眺めてみると、「寒」の文字が目立つように感じる。かつてシンガポールという熱帯に住んでいたことの反動かもしれないし、《寒燈の一つ一つよ国破れ》という句にみられるような、権威に対するアイロニカルなまなざしとも思える。

掲句が作られたのは昭和二十八年で、三鬼は大阪女子医科大学附属香里病院の歯科部長の職にあった。おそらく生活には困っていなかったであろうが、歯科医の仕事はあまり気乗りがするものではなかったらしく、さらに長兄の死去などもあり、意気の上がらない日々を過ごしていたのかもしれない。

句意を想像すれば、火鉢に使う炭も尽きてもう寝るしかないということか、それとも鬱々とした気分に襲われ、もう寝てしまおうということか。どちらにしても逃げるところといえば蒲団の中しかない。「寝鎮まる」とあるから、家族はみな寝てしまったが自分はまだ眠れずにいるということなのだろう。冬の夜、極寒の蒲団で考えたことは何だったのか。

変身」(1962年)所収。

鈴木牛後


【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)『暖色』(マルコボ.コム、2014年)『にれかめる』(角川書店、2019年)



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