ハイクノミカタ

冷房とまる高階純愛の男女残し 金子兜太【季語=冷房(夏)】


冷房とまる高階純愛の男女残し

金子兜太
(『金子兜太句集』)

 毎年8月になると、電力需要がひっ迫する。スーパーでは、冷蔵・冷凍食品コーナーの一部を調整中とし節電している。夜間は、エアコンを抑えているコンビニエンスストアもある。夏は熱さによる停電や故障も多い。エレベーターやエアコンの停止はある日突然訪れる。

 独身の頃、会社の昼休みに近所のラーメン屋に入った。入口に「エアコン故障中」との赤字の張り紙が貼られているのを見逃したのだ。熱いラーメンを食べ終えた頃には、大量の汗が体の隅々から噴き出していた。店を出た時、街路樹の木蔭が涼しいということに初めて気が付いた。カウンターの隣に座っていた男性と「生き返った」と笑い合った。汗でびしょ濡れとなった白いワイシャツからタンクトップが透けて見えてドキドキした。視線を感じて自分の胸元をみるとブラジャーのレースの模様が浮き彫りとなっていた。停電ではなくエアコンのみの故障も真夏には困るものである。

 エレベーターの故障に遭遇したことはないが、ドラマではよく起こる。エレベーターに閉じ込められた男女。反応しない非常ボタン。薄くなる酸素の中でお互いの汗を拭い合いながら諦めずに智恵を出し合う。良い雰囲気になったところで復旧する。吊り橋効果により、誰にも止められない二人の恋が走り出す。全く羨ましくない出逢いだが、昭和の頃からいくつかのパターンがあるので、現実に起こりやすいことなのであろう。

 密室の恋といえば、1987年の大映ドラマ『アリエスの乙女たち』(原作:里中満智子)では、仲間の嫉妬から馬術部の部室に若い男女が閉じ込められて一夜を過ごす場面があった。気位の高い魔性の美少女薫と不良少年の司は、反発し合いつつも語り明かす。朝までにインスタントコーヒーを五杯飲んで恋が始まる。何も無いのが純愛である。数年後、様々な事情を経て盲目となりながらも陶芸家を目指す司。それを密かに支えたいと思った薫は、お手伝いのおばさんと偽り身の回りの世話をしてゆく。星の瞬く夜更け、心のままに練って染めた皿を焼き上げる窯の前で司は、あの夜のことを語りだす。お手伝いのおばさんが薫であることに気付いていたのだ。明け方、窯から取り出された皿は、深い海の色を湛えていた。

  冷房とまる高階純愛の男女残し   金子兜太

 とある高層ビルの一角にあるオフィスで働いていたことがある。ビルの電気は全て防災室で管理されていた。朝の8時に一斉に開錠システムが動き出し、明りが点く。空調も各部屋では調節が出来ず、夏場は、従業員が扇風機を持ち込んだり、防寒着を着こんだりしていた。働き方改革の一環なのか防災の関係なのか月に一度、夜20時にはビルの電源が全て落ちる日があった。朝から、20時までには冷蔵庫の中を空にして帰るようにとの放送が何度も流れる。20時以降残っていると外にも出られず、真っ暗闇のなか朝まで過ごすことになる。冗談で「こっそり残って、肝試しでもしようか」などと笑っていたその日、トラブルが起こった。数百件の申込書を乗せた輸送車が事故に巻き込まれ、到着が大幅に遅れた。19時30分を過ぎても処理の目途が付かず、若い男女の主任が残って作業をすることになった。帰り道、ふと想像した。非常用懐中電灯で申込書を照らしながら、黙々と不備チェックする二人のことを。何も起こらないとは思いつつも妄想が止まらなかった。

 若くして主任となった女性は、余計な話しもミスも一切しないタイプのクールビューティ。一方、男性の主任は、ミスを連発するものの冗談で切り抜けるタイプ。女性主任がいつも無言で怒っていた。二人きりで闇夜を過ごしたところで、喧嘩しかしなさそうだ。エアコンの止まった熱帯夜に若い男女が向かい合わせの机で汗だくで作業をして、何事もなく終わるのだろうか。処理が終わるのは深夜。施錠したビルからは出られないので机で眠るのだろう。会議室の長いテーブルで寝ることもできる。そういえば、帰る間際に誰かが保冷バッグに入った差し入れを買ってきていた。「作業が終わったら一杯やって下さい」と。缶ビールとおつまみに違いない。何か起こるといいなと思った。

 翌日より、二人が少し打ち解けているように見えた。滅多に笑わない女性主任が笑顔を見せるようになった。二人が結婚したという話は聞いていないのだが。

 会社員が、会社に泊まることはよくあることである。会社だけでなく、農業でも漁業でも徹夜の日はある。酪農、養鶏、養蚕の現場では、特に。昔から労働力となる若い男女が好き嫌い関係なく狭い空間で一夜を過ごすことはありうることなのだ。 掲句は、高階(たかしな)なのが現代的である。高階とは、高層階の意味で俳句では普通に用いられる言葉だ。高層の一室であるがゆえに逃げ場がない。地下だと古臭い上に暑苦しくなってしまう。純愛だから高階が良い。冷房がとまっても涼しそうだ。汗の匂いがお互いを刺激し合い一線を越えたとしたら、きっと開放的で野性的な夜になるのだろう。〈七夕や若く愚かに嗅ぎあへる 高山れおな〉という句も頭を掠めた。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


【篠崎央子のバックナンバー】

>>〔104〕白衣とて胸に少しの香水を   坊城中子
>>〔103〕きつかけはハンカチ借りしだけのこと 須佐薫子
>>〔102〕わが恋人涼しチョークの粉がこぼれ 友岡子郷
>>〔101〕姦通よ夏木のそよぐ夕まぐれ  宇多喜代子
>>〔100〕水喧嘩恋のもつれも加はりて   相島虚吼
>>〔99〕キャベツに刃花嫁衣裳は一度きり 山田径子
>>〔98〕さよならと梅雨の車窓に指で書く 長谷川素逝
>>〔97〕夏帯にほのかな浮気心かな    吉屋信子
>>〔96〕虎の尾を一本持つて恋人来    小林貴子
>>〔95〕マグダラのマリア恋しや芥子の花 有馬朗人
>>〔94〕五十なほ待つ心あり髪洗ふ    大石悦子
>>〔93〕青い薔薇わたくし恋のペシミスト 高澤晶子
>>〔92〕恋終りアスパラガスの青すぎる 神保千恵子
>>〔91〕春の雁うすうす果てし旅の恋   小林康治
>>〔90〕恋の神えやみの神や鎮花祭    松瀬青々
>>〔89〕妻が言へり杏咲き満ち恋したしと 草間時彦
>>〔88〕四月馬鹿ならず子に恋告げらるる 山田弘子
>>〔87〕深追いの恋はすまじき沈丁花  芳村うつぎ
>>〔86〕恋人奪いの旅だ 菜の花 菜の花 海 坪内稔典
>>〔85〕いぬふぐり昔の恋を問はれけり  谷口摩耶
>>〔84〕バレンタインデー心に鍵の穴ひとつ 上田日差子
>>〔83〕逢曳や冬鶯に啼かれもし      安住敦
>>〔82〕かいつぶり離ればなれはいい関係  山﨑十生
>>〔81〕消すまじき育つるまじき火は埋む  京極杞陽
>>〔80〕兎の目よりもムンクの嫉妬の目   森田智子
>>〔79〕馴染むとは好きになること味噌雑煮 西村和子
>>〔78〕息触れて初夢ふたつ響きあふ    正木ゆう子
>>〔77〕寝化粧の鏡にポインセチア燃ゆ   小路智壽子
>>〔76〕服脱ぎてサンタクロースになるところ 堀切克洋
>>〔75〕山茶花のくれなゐひとに訪はれずに 橋本多佳子
>>〔74〕恋の句の一つとてなき葛湯かな 岩田由美
>>〔73〕待ち人の来ず赤い羽根吹かれをり 涼野海音
>>〔72〕男色や鏡の中は鱶の海       男波弘志
>>〔71〕愛かなしつめたき目玉舐めたれば   榮猿丸
>>〔70〕「ぺットでいいの」林檎が好きで泣き虫で 楠本憲吉
>>〔69〕しんじつを籠めてくれなゐ真弓の実 後藤比奈夫
>>〔68〕背のファスナ一気に割るやちちろ鳴く 村山砂田男
>>〔67〕木犀や同棲二年目の畳       髙柳克弘
>>〔66〕手に負へぬ萩の乱れとなりしかな   安住敦
>>〔65〕九十の恋かや白き曼珠沙華    文挾夫佐恵
>>〔64〕もう逢わぬ距りは花野にも似て    澁谷道
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>>〔62〕葛の花むかしの恋は山河越え    鷹羽狩行
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>>〔57〕告げざる愛地にこぼしつつ泉汲む 恩田侑布子
>>〔56〕愛されずして沖遠く泳ぐなり    藤田湘子
>>〔55〕青大将この日男と女かな      鳴戸奈菜
>>〔54〕むかし吾を縛りし男の子凌霄花   中村苑子
>>〔53〕羅や人悲します恋をして     鈴木真砂女
>>〔52〕ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき  桂信子
>>〔51〕夏みかん酢つぱしいまさら純潔など 鈴木しづ子
>>〔50〕跳ぶ時の内股しろき蟇      能村登四郎
>>〔49〕天使魚の愛うらおもてそして裏   中原道夫
>>〔48〕Tシャツの干し方愛の終わらせ方  神野紗希
>>〔47〕扇子低く使ひぬ夫に女秘書     藤田直子
>>〔46〕中年の恋のだんだら日覆かな    星野石雀
>>〔45〕散るときのきてちる牡丹哀しまず 稲垣きくの
>>〔44〕春の水とは濡れてゐるみづのこと  長谷川櫂
>>〔43〕人妻ぞいそぎんちやくに指入れて   小澤實
>>〔42〕春ショール靡きやすくて恋ごこち   檜紀代
>>〔41〕サイネリア待つといふこときらきらす 鎌倉佐弓


>〔40〕さくら貝黙うつくしく恋しあふ   仙田洋子
>〔39〕椿咲くたびに逢いたくなっちゃだめ 池田澄子
>〔38〕沈丁や夜でなければ逢へぬひと  五所平之助
>〔37〕薄氷の筥の中なる逢瀬かな     大木孝子
>〔36〕東風吹かば吾をきちんと口説きみよ 如月真菜
>〔35〕永き日や相触れし手は触れしまま  日野草城
>〔34〕鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし    三橋鷹女
>〔33〕毒舌は健在バレンタインデー   古賀まり子
>〔32〕春の雪指の炎ゆるを誰に告げむ  河野多希女
>〔31〕あひみての後を逆さのかいつぶり  柿本多映
>〔30〕寒月下あにいもうとのやうに寝て 大木あまり
>〔29〕どこからが恋どこまでが冬の空   黛まどか
>〔28〕寒木が枝打ち鳴らす犬の恋     西東三鬼
>〔27〕ひめはじめ昔男に腰の物      加藤郁乎
>〔26〕女に捨てられたうす雪の夜の街燈  尾崎放哉
>〔25〕靴音を揃えて聖樹まで二人    なつはづき
>〔24〕火事かしらあそこも地獄なのかしら 櫂未知子
>〔23〕新宿発は逃避行めき冬薔薇    新海あぐり
>〔22〕海鼠噛むことも別れも面倒な    遠山陽子
>〔21〕松七十や釣瓶落しの離婚沙汰   文挾夫佐恵

>〔20〕松葉屋の女房の円髷や酉の市  久保田万太郎
>〔19〕こほろぎや女の髪の闇あたたか   竹岡一郎
>〔18〕雀蛤となるべきちぎりもぎりかな 河東碧梧桐
>〔17〕恋ともちがふ紅葉の岸をともにして 飯島晴子
>〔16〕月光に夜離れはじまる式部の実   保坂敏子
>〔15〕愛断たむこころ一途に野分中   鷲谷七菜子
>〔14〕へうたんも髭の男もわれのもの   岩永佐保
>〔13〕嫁がねば長き青春青蜜柑      大橋敦子
>〔12〕赤き茸礼讃しては蹴る女     八木三日女
>〔11〕紅さして尾花の下の思ひ草     深谷雄大
>>〔10〕天女より人女がよけれ吾亦紅     森澄雄
>>〔9〕誰かまた銀河に溺るる一悲鳴   河原枇杷男
>>〔8〕杜鵑草遠流は恋の咎として     谷中隆子
>>〔7〕求婚の返事来る日をヨット馳す   池田幸利
>>〔6〕愛情のレモンをしぼる砂糖水     瀧春一
>>〔5〕新婚のすべて未知数メロン切る   品川鈴子
>>〔4〕男欲し昼の蛍の掌に匂ふ      小坂順子
>>〔3〕梅漬けてあかき妻の手夜は愛す  能村登四郎
>>〔2〕凌霄は妻恋ふ真昼のシャンデリヤ 中村草田男
>>〔1〕ダリヤ活け婚家の家風侵しゆく  鍵和田秞子


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