ハイクノミカタ

水喧嘩恋のもつれも加はりて 相島虚吼【季語=水喧嘩(夏)】


水喧嘩恋のもつれも加はりて

相島虚吼
(『虚吼句集』)

 田植えを終え、青田になる頃に起きる村同士の水喧嘩。流れてくる川の水を上流の田んぼが引きすぎてしまうと、下流の田んぼに水が回らない。旱梅雨の時には、水を巡る諍いが起きた。沼のある村では、他の村人が沼の水を盗んだ盗まないで昼夜を問わず戦ったといわれている。我田引水という諺があるように、深刻な問題だったのだ。現在は用水路が発達し、地域によっては地下水を汲み上げ水不足を補うようになった。

 田の水を共有する村は隣接していることもあり、姻戚関係を結ぶこともある。水による諍いから戦が起こるのを回避しようとしたのだろう。どの村にも必ず存在する美しい娘は、村の若者の憧れである。他の共同体の男には渡したくない。『万葉集』に残る菟原処女の伝説では、同郷の男と他郷の男が娘を巡り諍いとなる。板挟みとなった娘は自ら命を絶つ。二人の男もまた後を追ってしまう。娘は他郷の男を好きだったのだが、自分のために男達が闘うことを辛く思ったのだ。水辺に住んでおり、川に身を投げたとも伝わっている。もしかしたら、水喧嘩が背景にあったのかもしれない。他郷の男に水を渡すことはできないため、死を選んだと考えることもできる。

 歴史の影に女ありではないが、恋の縺れが戦になることはある。ギリシャ神話のヘレネ―は、スパルタ王メネラーオスの妻となるが結婚後、イーリオスの王子パリスと恋仲となり付いていってしまう。怒ったスパルタ王は、イーリオスに攻め込みトロイア戦争が勃発する。トロイの木馬作戦によりヘレネ―を取り戻す。夫を裏切った妻を許すスパルタ王も寛大だが、戦争の原因を作ったヘレネ―が再びスパルタ王妃の座に戻った神経も凄い。貞淑な日本人女性なら耐えられないと思うのだが。

 美女を巡っての諍いは昔から現代も続いている。少年漫画では、スポーツのライバルと恋の座を掛けて戦う。恋が絡むとどんな戦いも熱くなってしまうものだ。

  水喧嘩恋のもつれも加はりて  相島虚吼

 作者は、江戸末期生まれ。明治期には、大阪毎日新聞社に入社しアメリカ留学を経てジャーナリストとして活躍。立憲国民党の衆議院議員でもある。正岡子規の影響で俳句を始めホトトギス同人となる。茨城県つくば市小田(旧筑波郡小田村)の出身なので私の故郷に近い。水喧嘩の掲句に強く引かれたのは同郷の匂いがしたからだ。政治家の視点ではなく、現場の実情を詠んでいるのも面白い。

 私の育ったつくば市は、筑波山から流れる川と地下水により水の豊かな地である。水不足の年には、水喧嘩もあったのだろう。土地の若者は血の気が多く、喧嘩っ早い。

 水喧嘩ではないのだが、近隣の村と合同で行われる祭の神輿の順番を巡り、若者達が取っ組み合いの喧嘩をしたことがあった。手を叩いて大笑いしていた神主の娘が原因とも言われている。神社に遊びに来た若い男と気軽に散歩したり、買い物に行ったりする娘ではあったが誰とも交際しなかった。男達からしたら、祭では良いところを見せたいものである。神輿の順番も恋も譲れない。祭は大いに盛り上がった。

 水喧嘩も祭の主導権争いも昔から農村に存在した利権争いである。福島県出身の映画監督、渡辺文樹の問題作『バリゾーゴン』(罵詈雑言)は、1989年の「福島女性教員宅便槽内怪死事件」をモデルにしているが、事件の背景には原発誘致を巡る激しい選挙戦があった。不毛な土地を潤すため、金を稼ぐために原発で働く青年は、放射能漏れの事故の隠蔽に気付いてしまう。そのため村長選挙では、原発反対を掲げる立候補者の側に付き、地元のライブハウスでは、原発反対の歌を熱唱していた。小学校教員の美女と恋仲にあったが、彼女は原発誘致を推奨する有力者の息子とも交際していた。村を守るための青年たちの主張の食い違いと美人教員を巡る恋争いは、不可解な殺人事件へと縺れこむ。茨城県東海村の原発事故の数年前、1996年公開の映画。2011年の福島県原発事故により再評価された。

 現在の日本に、水喧嘩はない。都会では日照権やら電波権などで近所が諍う。土地によっては、ダムの建設や電車の開通で揉めることもある。美女が関わっていたら、さらに揉めてしまうことであろう。殺人事件に発展しないことを祈るばかりである。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


【篠崎央子のバックナンバー】

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>>〔98〕さよならと梅雨の車窓に指で書く 長谷川素逝
>>〔97〕夏帯にほのかな浮気心かな    吉屋信子
>>〔96〕虎の尾を一本持つて恋人来    小林貴子
>>〔95〕マグダラのマリア恋しや芥子の花 有馬朗人
>>〔94〕五十なほ待つ心あり髪洗ふ    大石悦子
>>〔93〕青い薔薇わたくし恋のペシミスト 高澤晶子
>>〔92〕恋終りアスパラガスの青すぎる 神保千恵子
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>>〔43〕人妻ぞいそぎんちやくに指入れて   小澤實
>>〔42〕春ショール靡きやすくて恋ごこち   檜紀代
>>〔41〕サイネリア待つといふこときらきらす 鎌倉佐弓


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>〔37〕薄氷の筥の中なる逢瀬かな     大木孝子
>〔36〕東風吹かば吾をきちんと口説きみよ 如月真菜
>〔35〕永き日や相触れし手は触れしまま  日野草城
>〔34〕鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし    三橋鷹女
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>>〔3〕梅漬けてあかき妻の手夜は愛す  能村登四郎
>>〔2〕凌霄は妻恋ふ真昼のシャンデリヤ 中村草田男
>>〔1〕ダリヤ活け婚家の家風侵しゆく  鍵和田秞子


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