ハイクノミカタ

愛かなしつめたき目玉舐めたれば 榮猿丸【季語=冷たし(冬)】

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愛かなしつめたき目玉舐めたれば

榮猿丸
(『点滅』)

 フェチシズムとは、ある種の物を神と崇めること、異性の体の一部や身に着けた物に執着することである。現在では多様なフェチがある。私などは、髭フェチなので男性の髭をまじまじと眺めてしまう。またある女性は指フェチで男性の長く細い指に恋をしてしまうとか。人の好みはそれぞれなのだが、目は、動物の共通認識で最初にチェックする場所である。

 女性に人気な犬種フレンチブルドッグやチワワは、大きく潤んだ目が美しい。種類に寄らず犬は、目が悪い。だが、目には表情がある。犬の目を見ていると無言の会話ができる時がある。毎朝、出社の交差点ですれ違う犬がいた。動物が好きな私はいつも見てしまう。視線を感じたのか、犬もまた私を見る。いつしか、すれ違う度に会釈をするようになった。犬のご主人様も気付いていない私と犬だけの秘密である。休日の昼間に出会ったこともある。新しいコートを着て、デートに行く私をじっと見つめていた。「そんなにめかし込んでどこに行くの?」と語っているかのようであった。私の思い込みもあるのかもしれないが、犬の目は飾りではないことを知った。

 目力という言葉があるが、歌舞伎役者の眼光には圧倒させられる。目で演技をするのだ。テレビドラマでも役者の目の動きや眼差しで状況を感じ取ることがある。それは、日常生活でも同じことだ。「目は口ほどに物を言う」という諺の通りである。夫は私の目をよく見ている。照れくさいので目を合わせないようにしているのだが、「腹が痛いのか」とか「良いことがあったのか」とか、よく気が付くものである。

 男女の仲は目と目が合った瞬間に始まる。だからこそ恋仲となった後も目で会話をするのが正しいのだ。笑えば目は細くなるし、怒れば大きくなる。嘘をつけば、あらぬ方向を見る。そして目は涙を流すものでもある。目を愛することは、相手の本質を愛することに繋がるのではないだろうか。

  愛かなしつめたき目玉舐めたれば   榮猿丸

 当該句の作者は、恋の句の名手。どこか冷めた視点がひやりと胸を打つ。冷静な描写にかすかな孤独を感じさせる。〈ベランダに名月を見るふうんと言ふ 榮猿丸〉〈春泥を来て汝が部屋に倦みにけり 榮猿丸〉。一緒にいるのに分かり合えない距離感が伝わってくる。〈われを視るプールの縁に顎のせて 榮猿丸〉〈裸なり朝の鏡に入れる君 榮猿丸〉。作者の自己愛を越えた描写は、恋の句として新鮮である。女も男も道化師のよう。

 小学生の頃、年上の従姉妹が誕生日に大きなウサギの縫いぐるみを贈ってくれた。縫いぐるみには、仕事で忙しい父母や優等生であろうと努める姉には無い温もりがあった。名前を付けて、一緒に童話を読み、夜は抱きしめて眠った。冬のある夜、頬ずりをすると、目玉が冷たく当たった。ふかふかで温かい縫いぐるみのウサギにこんなに冷たい目があったことに驚いた。ビー玉ほどの黒い目は黒糖飴を思わせ、甘い味を想像し舐めた。冷たい感触だけが舌に残り、急に悲しくなった。縫いぐるみとは心が通じ合わないことを知ってしまったのだ。それでもいつか分かり合える日がくると思い、抱き続けた。

 些細なすれ違いから女が泣いた。男は、愛されていることを知りつつも女の孤独を理解しなかったことを反省し、涙を舐めた。舐めれば舐めるほど涙が溢れてくる。涙を止めるため、最後は目玉に舌を這わせる。熱い涙とは裏腹に目玉は冷たかった。その瞬間に男の脳裏には、この涙は嘘の涙なのかという疑念が走る。一方でまた、女の愛情を疑う自分自身も責めたのだ。女の冷たい目玉を知りつつも愛さずにはいられない。愛とは悲しいものである。

篠崎央子


榮猿丸さんの句集『点滅』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


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