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手袋に切符一人に戻りたる 浅川芳直【季語=手袋(冬)】


手袋に切符一人に戻りたる

浅川芳直

人は一人で生まれ、一人で死んでゆく。人生の大半は家族や仲間と一緒に過ごすが、生涯の始まる前と終わった後は一人なのだ。

様々な別れも、もともとは一人だったのだからと考えることも着地のひとつなのかもしれない。さらに言えばもともと身ひとつでこの世に生を受けたのだから、持たざることを否定的に捕らえる必要はない。

一方、この人と出会うために生まれてきたのだ!と思うこともある。それは寂しさをまぎらわすものとは性質が異なる。出会った時に初めて「これまでずっとこの人を探していた」と感じるようなものだ。

しかしそれはいつか一人になる時までのカウントダウンの開始でもある。それがわかっていると、今この瞬間を大切にしなければという思いも強くなる。

手袋に切符一人に戻りたる

気のおけない仲間たちと電車に乗り、今日のあれ良かったよね!明日どうする?などとおしゃべり。ハイキングにでも行ったのだろう。電車が駅に停まるたびに一人、また一人と下車していく。寂しさと解放感の間を揺れ動く時間である。

ついに最後の一人が下車した。(あるいは作中の人物が先に下車したのかもしれないが、取り残された立場で読んだ方がドラマを感じる。)ここから先は一人の帰途。まずは駅を出て…そうそう、切符は持っていたか?ふと見ると、手袋の手に切符が。山の駅で買った昔ながらの分厚い紙の切符だ。この切符をなくしたらフォローしてくれる仲間も下車してしまった。しっかりと持っておこう。一人になってしまったが、考えてみれば来るまでも一人だった。もとに戻っただけのことなのだ。

一人になった時、人はこうやって冷静さを取り戻す。手袋は指先を温めてくれるが心の隙間を埋めるものではないし、切符のような小さなものを持つには向いていない。あるとありがたいが、実は心許ないものという一面もある手袋。その心許なさがこの句では大いに生かされていて手袋の句としてはあまりない切り取り方である。

寂しい、ということは簡単だが、その表現は別の言い方をすると安易ということにもなる。寂しさから一歩踏み込んで、もともと一人だったのだと着地することで作者の心の平穏は保たれたのだろう。

表題句〈雪となる夜景の奥の雪の山〉の次に配されている一句。奥行きのある美しさをまとう雪の句も捨てがたかったが、ふと差し込んできた寂しさを詠んだ掲句で何か書いてみたいという気持ちが勝った。

『夜景の奥』(2023年)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】
>>〔85〕マフラーを巻いてやる少し絞めてやる 柴田佐知子
>>〔84〕降る雪や玉のごとくにランプ拭く 飯田蛇笏
>>〔83〕ラヂオさへ黙せり寒の曇り日を 日野草城
>>〔82〕数へ日の残り日二日のみとなる 右城暮石
>>〔81〕風邪を引くいのちありしと思ふかな 後藤夜半
>>〔80〕破門状書いて破れば時雨かな 詠み人知らず
>>〔79〕日記買ふよく働いて肥満して 西川火尖
>>〔78〕しかと押し朱肉あかあか冬日和 中村ひろ子(かりん)
>>〔77〕命より一日大事冬日和 正木ゆう子
>>〔76〕冬の水突つつく指を映しけり 千葉皓史
>>〔75〕花八つ手鍵かけしより夜の家 友岡子郷
>>〔74〕蓑虫の蓑脱いでゐる日曜日 涼野海音
>>〔73〕貝殻の内側光る秋思かな 山西雅子
>>〔72〕啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々 水原秋櫻子
>>〔71〕天高し鞄に辞書のかたくある 越智友亮
>>〔70〕また次の薪を火が抱き星月夜 吉田哲二
>>〔69〕「十六夜ネ」といった女と別れけり 永六輔
>>〔68〕手繰るてふ言葉も旨し走り蕎麦 益岡茱萸
>>〔67〕敬老の日のどの席に座らうか 吉田松籟
>>〔66〕秋鯖や上司罵るために酔ふ 草間時彦
>>〔65〕さわやかにおのが濁りをぬけし鯉 皆吉爽雨
>>〔64〕いちじくはジャムにあなたは元カレに 塩見恵介
>>〔63〕はるかよりはるかへ蜩のひびく 夏井いつき
>>〔62〕寝室にねむりの匂ひ稲の花  鈴木光影
>>〔61〕おほぞらを剝ぎ落したる夕立かな 櫛部天思
>>〔60〕水面に閉ぢ込められてゐる金魚 茅根知子
>>〔59〕腕まくりして女房のかき氷 柳家小三治
>>〔58〕観音か聖母か岬の南風に立ち 橋本榮治
>>〔57〕ふところに四万六千日の風  深見けん二
>>〔56〕祭笛吹くとき男佳かりける   橋本多佳子
>>〔55〕昼顔もパンタグラフも閉ぢにけり 伊藤麻美
>>〔54〕水中に風を起せる泉かな    小林貴子
>>〔53〕雷をおそれぬ者はおろかなり    良寛
>>〔52〕子燕のこぼれむばかりこぼれざる 小澤實
>>〔51〕紫陽花剪るなほ美しきものあらば剪る 津田清子
>>〔50〕青葉冷え出土の壺が山雨呼ぶ   河野南畦
>>〔49〕しばらくは箒目に蟻したがへり  本宮哲郎
>>〔48〕逢はぬ間に逢へなくなりぬ桐の花 中西夕紀
>>〔47〕春の言葉おぼえて体おもくなる  小田島渚
>>〔46〕つばめつばめ泥が好きなる燕かな 細見綾子
>>〔45〕鳴きし亀誰も聞いてはをらざりし 後藤比奈夫
>>〔44〕まだ固き教科書めくる桜かな  黒澤麻生子
>>〔43〕後輩のデートに出会ふ四月馬鹿  杉原祐之
>>〔42〕春の夜のエプロンをとるしぐさ哉 小沢昭一
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>>〔38〕薔薇の芽や温めておくティーカップ 大西朋
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>>〔35〕あまり寒く笑へば妻もわらふなり 石川桂郎
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>>〔32〕虚仮の世に虚仮のかほ寄せ初句会  飴山實
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>>〔30〕禁断の木の実もつるす聖樹かな モーレンカンプふゆこ
>>〔29〕時雨るるや新幹線の長きかほ  津川絵理子
>>〔28〕冬ざれや石それぞれの面構へ   若井新一
>>〔27〕影ひとつくださいといふ雪女  恩田侑布子
>>〔26〕受賞者の一人マスクを外さざる  鶴岡加苗
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>>〔24〕伊太利の毛布と聞けば寝つかれず 星野高士
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>>〔21〕ヨコハマへリバプールから渡り鳥 上野犀行
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>>〔18〕颱風の去つて玄界灘の月   中村吉右衛門
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>>〔12〕山頂に流星触れたのだろうか  清家由香里
>>〔11〕秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人

>>〔10〕卓に組む十指もの言ふ夜の秋   岡本眸
>>〔9〕なく声の大いなるかな汗疹の児  高濱虚子
>>〔8〕瑠璃蜥蜴紫電一閃盧舎那仏    堀本裕樹
>>〔7〕してみむとてするなり我も日傘さす 種谷良二
>>〔6〕香水の一滴づつにかくも減る  山口波津女
>>〔5〕もち古りし夫婦の箸や冷奴  久保田万太郎
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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