ハイクノミカタ

鍋物に火のまはり来し時雨かな 鈴木真砂女【季語=時雨(冬)】


鍋物に火のまはり来し時雨かな

鈴木真砂女

 今週に入ってだいぶ気温が下がってきた。そして、鍋のうまい季節が到来した。最近、我が家でブームなのは、有名ラーメン店が監修した鍋スープである。たとえば、麺屋武蔵だし醤油味、一風堂博多とんこつ赤丸新味、すみれ札幌濃厚みそ味などである。まず、このスープにたっぷりの野菜と豚肉を入れて食べる(1サイクル目)。次に同じようにまた野菜と豚肉を入れて食す(2サイクル目)。最後に、濃くなったスープに締めの麺を入れて食す(3サイクル目)。この3サイクル目を終了すると心も体も暖かくなり、大満足の気分になる。

鍋物に火のまはり来し時雨かな 鈴木真砂女

 掲句の鍋物は、家庭的な場面ではなく、真砂女が経営していた小料理屋でのことである。戸を開けて入ってきた客の肩が濡れていたのか、帰ろうとした客が「雨だよ」とでも言ったのか、奥の部屋では鍋に火がまわって賑やかな宴の声が聞こえる。真砂女は店を切り盛りし、お客の様子を伺いながらも、時雨(冬・11月)の季感を詠んでいる。上五・中七は、鍋物、火という言葉より暖かいイメージを連想させるが、下五の時雨は冷たさを感じさせる。この対比もうまくいかされている。

 最近、鍋を囲んだ宴会が減ったように思う。一人鍋のお店や、鍋の具材を事前に取り分けたお店はあるが、皆でワイワイと一つ鍋を突くことが少なくなったように思う。恐らく、まだ、コロナ禍の影響が残っているのであろう。ただ、いつかはまたワイワイ鍋が戻ってきて欲しいものである。そうでなければ、真砂女の句は、鍋物の宴の声が聞こえず、いっそう寂しい句に聞こえるのである。

塚本武州



【執筆者プロフィール】
塚本武州(つかもと・ぶしゅう)
1969 年、立川市生まれ。書道家の父親が俳号「武州」を命名。茶道家の母親の影響で俳句を始める。2000年〜2006年までイギリス、フランス、2011年〜2020年までドイツ、シンガポール、台湾に駐在。帰国後、本格的に俳句を習い、2021年4月号より俳誌『ホトトギス』へ出句。現在、社会人学生として、京都芸術大学通信教育部文芸コース及び博物館学芸員課程を履修中。国立市在住。妻と白猫(ユキ)の3人暮らし。


【塚本武州のバックナンバー】

>>〔42〕あたゝかき十一月もすみにけり 中村草田男
>>〔41〕向日葵をつよく彩る色は黒 京極杞陽
>>〔40〕つれづれのわれに蟇這ふ小庭かな 杉田久女
>>〔39〕べつたら市糀のつきし釣貰ふ 小林勇二
>>〔38〕新蕎麦のそば湯を棒のごとく注ぎ 鷹羽狩行
>>〔37〕コスモスや泣きたくなつたので笑ふ 吉田林檎
>>〔36〕月かげにみな美しき庭のもの 稲畑汀子
>>〔35〕ラグビーのゴールは青き空にあり 長谷川櫂
>>〔34〕コスモスを愛づゆとりとてなきゴルフ 大橋 晄
>>〔33〕秋めくや焼鳥を食ふひとの恋  石田波郷
>>〔32〕めちやくちやなどぜうの浮沈台風くる 秋元不死男
>>〔31〕よし切りや水車はゆるく廻りをり 高浜虚子
>>〔30〕おもかげや姨ひとりなく月の友 松尾芭蕉
>>〔29〕生れたる蝉にみどりの橡世界 田畑美穂女
>>〔28〕鬼灯市雷門で落合うて    田中松陽子
>>〔27〕買はでもの朝顔市も欠かされず 篠塚しげる
>>〔26〕少し派手いやこのくらゐ初浴衣 草間時彦
>>〔25〕赤ばかり咲いて淋しき牡丹かな 稲畑汀子
>>〔24〕紫陽花のパリーに咲けば巴里の色 星野椿
>>〔23〕うつとりと人見る奈良の鹿子哉 正岡子規
>>〔22〕小燕のさヾめき誰も聞き流し  中村汀女
>>〔21〕夏場所や新弟子ひとりハワイより 大島民郎
>>〔20〕白魚の命の透けて水動く    稲畑汀子
>>〔19〕滝落したり落したり落したり  清崎敏郎
>>〔18〕あれは伊予こちらは備後春の風 武田物外
>>〔17〕風光りすなはちもののみな光る 鷹羽狩行
>>〔16〕晴れ曇りおほよそ曇りつつじ燃ゆ 篠田悌二郎
>>〔15〕山又山山桜又山桜      阿波野青畝
>>〔14〕春風や闘志いだきて丘に立つ  高浜虚子
>>〔13〕行く雁を見てゐる肩に手を置かれ 市村不先
>>〔12〕梅咲きぬ温泉は爪の伸び易き  梶井基次郎
>>〔11〕こぼれたる波止の鮊子掃き捨てる 桑田青虎
>>〔10〕とれたてのアスパラガスのやうな彼 山田弘子
>>〔9〕雛節句一夜過ぎ早や二夜過ぎ  星野立子
>>〔8〕百代の過客しんがりに猫の子も  加藤楸邨
>>〔7〕春光のステンドグラス天使舞ふ   森田峠
>>〔6〕謝肉祭の仮面の奥にひすいの眼  石原八束
>>〔5〕バー温し年豆妻が撒きをらむ    河野閑子
>>〔4〕初場所の力士顚倒し顚倒し     三橋敏雄
>>〔3〕わが知れる阿鼻叫喚や震災忌    京極杞陽
>>〔2〕福笹につけてもらひし何やかや   高濱年尾
>>〔1〕一月や去年の日記なほ机辺     高濱虚子

【初代金曜日・阪西敦子のバックナンバー】

>>〔118〕【最終回】なぐさめてくるゝあたゝかなりし冬    稲畑汀子
>>〔117〕クリスマスイヴの始る厨房よ                千原草之
>>〔116〕傾けば傾くまゝに進む橇                         岡田耿陽
>>〔115〕風邪ごもりかくし置きたる写真見る     安田蚊杖
>>〔114〕舟やれば鴨の羽音の縦横に                    川田十雨
>>〔113〕つはの葉につもりし雪の裂けてあり     加賀谷凡秋
>>〔112〕毛帽子をかなぐりすててのゝしれる     三木朱城
>>〔111〕牡蠣舟やレストーランの灯をかぶり      大岡龍男
>>〔110〕梁折れて頬を打つあり鶉追ふ                三溝沙美
>>〔109〕桔梗やさわや/\と草の雨                楠目橙黄子
>>〔108〕鳥屋の窓四方に展けし花すゝき         丹治蕪人
>>〔107〕秋めくやあゝした雲の出かゝれば          池内たけし
>>〔106〕コスモスのゆれかはしゐて相うたず      鈴鹿野風呂
>>〔105〕淋しさに鹿も起ちたる馬酔木かな      山本梅史
>>〔104〕蜩や久しぶりなる井の頭                     柏崎夢香
>>〔103〕おやすみ
>>〔102〕月代は月となり灯は窓となる         竹下しづの女
>>〔101〕おやすみ
>>〔100〕おやすみ
>>〔99〕おやすみ
>>〔97〕七夕のあしたの町にちる色帋               麻田椎花
>>〔96〕大阪の屋根に入る日や金魚玉                 大橋櫻坡子
>>〔95〕盥にあり夜振のえもの尾をまげて          柏崎夢香
>>〔94〕行く涼し谷の向うの人も行く                  原石鼎
>>〔93〕山羊群れて夕立あとの水ほとり            江川三昧
>>〔92〕思ひ沈む父や端居のいつまでも             石島雉子郎
>>〔91〕麦藁を束ねる足をあてにけり                    奈良鹿郎
>>〔90〕はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな        京極杞陽
>>〔89〕船室の梅雨の鏡にうつし見る     日原方舟
>>〔88〕さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり  千原草之
>>〔87〕おやすみ
>>〔86〕まどごしに與へ去りたる螢かな   久保より江
>>〔85〕日蝕の鴉落ちこむ新樹かな     石田雨圃子
>>〔84〕白牡丹四五日そして雨どつと    高田風人子
>>〔83〕春暁のカーテンひくと人たてり   久保ゐの吉
>>〔82〕かゝる世もありと暮しぬ春炬燵   松尾いはほ
>>〔81〕纐纈の大座布団や春の宵      真下喜太郎

>>〔80〕先生はいつもはるかや虚子忌来る  深見けん二
>>〔79〕夜着いて花の噂やさくら餅      關 圭草
>>〔78〕花の幹に押しつけて居る喧嘩かな   田村木國
>>〔77〕お障子の人見硝子や涅槃寺      河野静雲
>>〔76〕東京に居るとの噂冴え返る      佐藤漾人
>>〔75〕落椿とはとつぜんに華やげる     稲畑汀子
>>〔74〕見てゐたる春のともしびゆらぎけり 池内たけし
>>〔73〕諸事情により、おやすみ
>>〔72〕春雪の一日が長し夜に逢ふ      山田弘子
>>〔71〕早春や松のぼりゆくよその猫    藤田春梢女
>>〔70〕よき椅子にもたれて話す冬籠    池内たけし
>>〔69〕犬去れば次の犬来る鳥総松     大橋越央子
>>〔68〕左義長のまた一ところ始まりぬ      三木
>>〔67〕絵杉戸を転び止まりの手鞠かな    山崎楽堂
>>〔66〕年を以て巨人としたり歩み去る     高浜虚子
>>〔65〕クリスマス近づく部屋や日の溢れ  深見けん二
>>〔64〕突として西洋にゆく暖炉かな     片岡奈王
>>〔63〕茎石に煤をもれ来る霰かな      山本村家
>>〔62〕山茶花の日々の落花を霜に掃く    瀧本水鳴
>>〔61〕替へてゐる畳の上の冬木影      浅野白山
>>〔60〕木の葉髪あはれゲーリークーパーも  京極杞陽

>>〔59〕一陣の温き風あり返り花       小松月尚
>>〔58〕くゝ〳〵とつぐ古伊部の新酒かな   皿井旭川
>>〔57〕おやすみ
>>〔56〕鵙の贄太古のごとく夕来ぬ      清原枴童
>>〔55〕車椅子はもとより淋し十三夜     成瀬正俊
>>〔54〕虹の空たちまち雪となりにけり   山本駄々子
>>〔53〕潮の香や野分のあとの浜畠     齋藤俳小星
>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に      高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸   後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻      歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり       永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり    田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく     成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫        川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り    千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり    千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
>>〔42〕ール買ふ紙幣(さつ)をにぎりて人かぞへ  京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉

>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり   赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜     飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵       岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く      千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ      森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女

>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山




【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. クリスマスイヴの始る厨房よ    千原草之【季語=クリスマス(冬…
  2. まはし見る岐阜提灯の山と川 岸本尚毅【季語=岐阜提灯(夏)】
  3. すうっと蝶ふうっと吐いて解く黙禱 中村晋【季語=蝶(春)】
  4. あとからの蝶美しや花葵 岩木躑躅【季語=花葵(夏)】
  5. 蜆汁神保町の灯が好きで 山崎祐子【季語=蜆汁(春)】
  6. ある年の子規忌の雨に虚子が立つ 岸本尚毅【季語=子規忌(秋)】
  7. 肩へはねて襟巻の端日に長し 原石鼎【季語=襟巻(冬)】
  8. 青葉冷え出土の壺が山雨呼ぶ 河野南畦【季語=青葉冷(夏)】

おすすめ記事

  1. 【春の季語】春雨
  2. 【連載】歳時記のトリセツ(2)/橋本喜夫さん
  3. 本の山くづれて遠き海に鮫 小澤實【季語=鮫(冬)】
  4. 【#39】炎暑の猫たち
  5. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第34回】鎌倉と星野立子
  6. 胸元に来し雪虫に胸与ふ 坂本タカ女【季語=雪虫(冬)】
  7. 恐るべき八十粒や年の豆 相生垣瓜人【季語=年の豆(冬)】
  8. 【春の季語】雨水
  9. 置替へて大朝顔の濃紫 川島奇北【季語=朝顔(秋)】
  10. オリヲンの真下春立つ雪の宿 前田普羅【季語=春立つ(春)】

Pickup記事

  1. 神保町に銀漢亭があったころ【第115回】今田宗男
  2. 神保町に銀漢亭があったころ【第8回】鈴木てる緒
  3. ライオンは人を見飽きて夏の果 久米祐哉【季語=夏の果(夏)】
  4. 【秋の季語】八月
  5. 天高し男をおいてゆく女 山口昭男【季語=天高し(秋)】
  6. 【秋の季語】十三夜
  7. 【連載】歳時記のトリセツ(2)/橋本喜夫さん
  8. 【秋の季語】曼珠沙華
  9. また次の薪を火が抱き星月夜 吉田哲二【季語=星月夜(秋)】
  10. 【春の季語】三月
PAGE TOP