ハイクノミカタ

淋しさに鹿も起ちたる馬酔木かな      山本梅史【季語=鹿(秋)】


淋しさに鹿も起ちたる馬酔木かな

山本梅史(やまもと・ばいし))


あっという間の九月の末日、みなさんいかがお過ごしですか。

巷には愁思なども見当たるそうですけど、何だかめちゃくちゃ慌ただしいなかに、水星逆行極まるハプニングが足を引っ張って、物思う暇さえないですが、そういう悩みは誰が聞いてくれるですかーー!もうっっ。

九月の頭まで悩まされていた不眠も少し解消したけれど、逆に朝は全然起きられず、ああ、何にも終わらない♪

というわけで、淋しい句でもせめて読んで、少ししんみりしようと思ったところ…

淋しさに鹿も起ちたる馬酔木かな

…なんだかあんまりしんみりしてないやつを引いてしまったような…。

馬酔木の葉は毒を持つので、鹿も食べないという。そんな食べられていない馬酔木の木の傍におもむろに立ち上がる鹿、「淋しさに」などとわかるわけはないけれど、あの瞳と、作者の気分がシンクロしたのだろう。

しかし(鹿!)、その淋しさは、私が求めていたしんみりとか、引きずり込まれるものでもなく、思わず起き上がるような衝動を伴うもの。唐突に襲う淋しさ、鹿の立ち上がる様は、確かにそういう風にも見える。

同じページにある〈吠えやまぬ畜生犬や墓参り〉〈蓬髪の俳人夫婦獺祭忌〉もまた衝動的だ。だいたい、獣である犬に向かって「畜生」って。〈露の灯のみな遥かなる嵯峨野かな〉との落差がまた激しい。

愁思を深めたところで、いよいよ、待ちに待った逆行抜け(という言葉は特にありません、造語です)、ヨーロッパドラマの最新シリーズもそろそろ始まる今週末、最後まで気を抜かずに。

『ホトトギス同人句集』(1938年)

阪西敦子


金曜日の種本はこちら↑(早い者勝ちです)

【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。

【阪西敦子のバックナンバー】

>>〔104〕蜩や久しぶりなる井の頭                     柏崎夢香
>>〔103〕おやすみ
>>〔102〕月代は月となり灯は窓となる         竹下しづの女
>>〔101〕おやすみ
>>〔100〕おやすみ
>>〔99〕おやすみ
>>〔97〕七夕のあしたの町にちる色帋               麻田椎花
>>〔96〕大阪の屋根に入る日や金魚玉                 大橋櫻坡子
>>〔95〕盥にあり夜振のえもの尾をまげて          柏崎夢香
>>〔94〕行く涼し谷の向うの人も行く                  原石鼎
>>〔93〕山羊群れて夕立あとの水ほとり            江川三昧
>>〔92〕思ひ沈む父や端居のいつまでも             石島雉子郎
>>〔91〕麦藁を束ねる足をあてにけり                    奈良鹿郎
>>〔90〕はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな        京極杞陽
>>〔89〕船室の梅雨の鏡にうつし見る     日原方舟
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>>〔87〕おやすみ
>>〔86〕まどごしに與へ去りたる螢かな   久保より江
>>〔85〕日蝕の鴉落ちこむ新樹かな     石田雨圃子
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>>〔83〕春暁のカーテンひくと人たてり   久保ゐの吉
>>〔82〕かゝる世もありと暮しぬ春炬燵   松尾いはほ
>>〔81〕纐纈の大座布団や春の宵      真下喜太郎

>>〔80〕先生はいつもはるかや虚子忌来る  深見けん二
>>〔79〕夜着いて花の噂やさくら餅      關 圭草
>>〔78〕花の幹に押しつけて居る喧嘩かな   田村木國
>>〔77〕お障子の人見硝子や涅槃寺      河野静雲
>>〔76〕東京に居るとの噂冴え返る      佐藤漾人
>>〔75〕落椿とはとつぜんに華やげる     稲畑汀子
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>>〔73〕諸事情により、おやすみ
>>〔72〕春雪の一日が長し夜に逢ふ      山田弘子
>>〔71〕早春や松のぼりゆくよその猫    藤田春梢女
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>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山




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