車椅子はもとより淋し十三夜
成瀬正俊
一週間で急に秋冷が至って、鍼灸整骨院がどうも混み始めた東京、十月も半ばですよ。
つい、もう今年もあと三か月ですよって驚いてから、もう半月も経ったとは、どうしたらいいのか途方に暮れる。何にも進んでないような気もするし、飛ぶようにいろんなことが起っている感じもするが、どちらにしても考え出すと、何も手につかなくなってしまう。
月もそう。ついこないだ、月見をしたと思ってたのに、もう週明けには十三夜だ。ハイクノミカタがはじまった去年は、十月の最初が満月で、最後の週が十三夜だった、中村若沙の句〈手を敷いて我も腰掛く十三夜〉を取り上げてから、もう一年が経つ。
車椅子はもとより淋し十三夜
ああ、わかるわあ、と思って選んだこちらの句だけれど、よく考えると何にもよくわからない。十三夜はまあわかる。旧暦九月の十三日の夜。中秋の名月に対して「後の月」と呼ばれるもの。煌々とした華やかさよりも、落ち着いた趣が良しとされる。
もう一方の根幹をなす「車椅子は」「淋し」のつながりが曖昧だ。車椅子自体が淋しげなのか、車椅子に乗った人の淋しさなのか。「もとより」という間に挟んだ言葉によって、「車椅子は淋しい」が自明のことのように描かれているけれど、「十三夜には、なお」と補足しても、「いやいやいやいや、人によってその感じ方は違いますよね」という声が聞こえないでもない。
まして、名月ではないと言っても十三夜の月光を浴びて、金属部分の多い（最近はそうでもないようだけれど）車椅子は輝きを得ているだろう。
しかしながら、このように句となると、その輝きさえ淋しさを引き立てるものになるから不思議だ。殿の口調はなぜか人を信じさせてしまうから不思議だ。
ラジオ「麒麟とぶりきり」ならぬ、「鴨と尺取」の第一回で、句集の箱カバーとパラフィン紙について、独自の意見を展開していた二人だけれど、少なくともこの句集の犬山城がほぼ中央に位置するように金字で古地図の入った箱と、パラフィン紙を避けると織地で装丁されたこの句集は、なんとなくこの句に信憑性をもたらせるのに十分と言える。まして、本人を知った人には、このちょっとアクロバットのような言葉のつながりが、説得力をもって迫るのだろう。
今年の十三夜は10月18日（月）、週末嘘みたいにいろいろとはかどって、ゆっくり豆と栗を食べながら後の月見ができますように。
『院殿』（1995年）
（阪西敦子）
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【執筆者プロフィール】
阪西敦子（さかにし・あつこ）
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。
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