ハイクノミカタ

梅の径用ありげなる人も行く 今井つる女【季語=梅 (春)】


梅の径用ありげなる人も行く

今井つる女(いまいつるじょ)()()()()()()()))


ずいぶん暖かくなったと思ったら、地震があって、また寒くなったりして。それでも、時間は刻々進んで、新しい大河ドラマも始まって、そんなうちに二月も三分の二が終わろうとしている、そんな金曜ですよ。「青天を衝け」、ご覧になってますか。

先週の「ハイクノミカタ」の中で、月ヶ瀬が梅丘などと比べて梅林の名として好ましいという、個人的見解を述べたところ、方々の梅丘ラバーのみなさまからお叱りをいただき、ここでお詫びして訂正いたします。

と、言うことはまったく起こってない。単に梅丘も分かり易くていいよねということで、今日の梅月間の句は「葵~徳川三代~」ならぬ、「梅丘~今井三代~」の一代目、今井つる女の句より。つる女の娘・千鶴子、その娘・肖子と、途中、引っ越しで離れることもありながら、脈々続いてきた梅丘暮らしだ。

二月前半の週末、梅見に行きたくなって調べたところ、折からの非常事態の延長もあって、都内の庭園は軒並み閉園していた。そんな中、梅丘の羽根木公園は梅まつりこそ中止となったようだけれど、変わらず開園。ここの梅園は坂道の両側に広がっていて、それは生活の通路でもあるから、閉鎖=通行止めとなってしまうからかもしれない。

掲句はことさらに梅園を詠んだものではないし、梅丘のことかどうかもわからない。どこでもあるともいえる。ただ、羽根木公園もまた、この句にあるような梅林だ。つまり、梅の中をゆく道でありながら、日常の通り道でもある。「用ありげなる人も」行くし、一方で、描かれてはいないけれど、当然その裏には、「梅見の人も」行く。もちろん、「用ありげ」ではあるが、もしかしたら梅の香りに惹かれて梅見に没頭してしまうかもしれないし、「梅見」に来たけれど、おいしそうなにおいにつられ、あるいは用を思い出し、「用のある人」として梅林から出てゆくかもしれない。

そのような、快楽と生活、聖と俗、用と不要、急と不急、開国と攘夷…は違うか、まあそんな異なる二つのことが花下に行き交い、混じり合い、入れ替わる、そんなところが梅らしいと言えないだろうか。

調べた限りでは、今も梅丘の羽根木公園は通行止めされてはいない。そんなこともあって、羽根木公園はすごく混んでいるそうだ、みなさん、これを読んで訪ねるのは注意した方がいい。「用のありげな人」と「梅見の人」がそこはかとなく見分けられるくらいのゆとりが梅林には好ましい。

今井つる女句集』(1990)所収

阪西敦子


【阪西敦子のバックナンバー】
>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
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>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
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>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
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>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



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