ハイクノミカタ

シャボン玉吹く何様のような顔 斉田仁【季語=石鹸玉(春)】


シャボン玉吹く何様のような顔

斉田仁))


ふつう、「〇様のような」と言って〇の部分を埋める場合に思い浮かぶのは神に仏、それに王とか殿とか若とか坊、あるいは父、母、爺、婆、お子。自分にとってアイドル的存在の具体的な人物名を入れてもいい、“虚子様”みたいに(ないか)。なんにせよ、相手に対する崇拝や敬意や思慕や愛情を表すのが「様」だ。一方、「何様」。広辞苑によれば「たれそれ様といった高貴な人。名門の出。」の意味で、「多くの皮肉や反語に用いる」と括弧書きが添えてある。「はぁ?何様のおつもり?」などと耳にしたり、口にしたり、あります。でも、「何様のよう」とはまず使わない。用法が誤っている、日本語の乱れだ、というのでは勿論なくて、面白いと思うのです。これ、確信犯的にやっている訳で、こうして言葉を揺さぶるのが韻文の強味というか旨味というか、味わいどころ。読者は、たかがシャボン玉を吹くのに随分と御大層な面持ちだこと、とあれこれ想像しながら微苦笑を漏らす。年端もゆかぬ子どもが自慢げに大きな玉か沢山の小さな玉を吹き出そうと息の続く限り頑張っている姿を揶揄い気味に見ているのかもしれないし、そんな子供からおもちゃを取り上げて「こうやって吹くのじゃ(なぜか「じゃ」)」とエラソーに模範を示そうとする大人の姿をおちょくっているのかもしれない。この句と面突き合わせているうちに、私の頭には何かと世間を騒がせる幾人かの政治家の顔が浮かんできた。次から次へ愚論のバブルを繰り出す彼らこそ「何様のような顔」だ。まあこれは我田引水な読みで、作者は困惑してしまうだろうけれども。

実はシャボン玉と言えばこのところの私にとっては専ら雲霧仁左衛門なのである。NHKのBS時代劇で2013年に始まり、現在シーズン5が放映中だ。配信サービスでたまたま初放映をウォッチして以来すっかり沼に嵌まった。義侠心に溢れる大盗賊雲霧仁左衛門の率いる一味と彼を止めんとする火付け盗賊改め方の攻防と活躍を描くドラマで、毎回手に汗を握る展開を見せる。さすが原作池波正太郎である。さて、この雲霧の親分、平時にぷらぷらと散策を楽しむ折にしょっちゅうシャボン玉を吹いているのだ。殺さず犯さずの金科玉条を守り抜き大金を盗み出すために知謀を巡らす姿と、シャボン玉の中をのんびり歩む姿が好対照を為す。では冒頭に戻って「〇様のような」に何を当て嵌めるか、と聞かれたら?今ならやっぱり、雲さまー。

『異熟』西田書店 2013年より)

太田うさぎ


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』


【太田うさぎのバックナンバー】

>>〔74〕鳥の恋漣の生れ続けたる                            中田尚子
>>〔73〕浅春の岸辺は龍の匂ひせる     対中いずみ
>>〔72〕猿負けて蟹勝つ話亀鳴きぬ 雪我狂流
>>〔71〕おやすみ
>>〔70〕雪掻きて今宵誘うてもらひけり    榎本好宏
>>〔69〕片手明るし手袋をまた失くし     相子智恵
>>〔68〕肩へはねて襟巻の端日に長し      原石鼎
>>〔67〕小鳥屋の前の小川の寒雀       鈴木鷹夫
>>〔66〕ゆげむりの中の御慶の気軽さよ   阿波野青畝
>>〔65〕イエスほど痩せてはをらず薬喰   亀田虎童子
>>〔64〕大氷柱折りドンペリを冷やしをり  木暮陶句郎
>>〔63〕うららかさどこか突抜け年の暮    細見綾子
>>〔62〕一年の颯と過ぎたる障子かな     下坂速穂
>>〔61〕みかんむくとき人の手のよく動く   若杉朋哉
>>〔60〕老人になるまで育ち初あられ     遠山陽子
>>〔72〕猿負けて蟹勝つ話亀鳴きぬ 雪我狂流
>>〔71〕おやすみ
>>〔70〕雪掻きて今宵誘うてもらひけり    榎本好宏
>>〔69〕片手明るし手袋をまた失くし     相子智恵
>>〔68〕肩へはねて襟巻の端日に長し      原石鼎
>>〔67〕小鳥屋の前の小川の寒雀       鈴木鷹夫
>>〔66〕ゆげむりの中の御慶の気軽さよ   阿波野青畝
>>〔65〕イエスほど痩せてはをらず薬喰   亀田虎童子
>>〔64〕大氷柱折りドンペリを冷やしをり  木暮陶句郎
>>〔63〕うららかさどこか突抜け年の暮    細見綾子
>>〔62〕一年の颯と過ぎたる障子かな     下坂速穂
>>〔61〕みかんむくとき人の手のよく動く   若杉朋哉
>>〔60〕老人になるまで育ち初あられ     遠山陽子

>>〔59〕おやすみ
>>〔58〕天窓に落葉を溜めて囲碁倶楽部   加倉井秋を
>>〔57〕ビーフストロガノフと言へた爽やかに 守屋明俊
>>〔56〕犬の仔のすぐにおとなや草の花    広渡敬雄
>>〔55〕秋天に雲一つなき仮病の日      澤田和弥
>>〔54〕紐の束を括るも紐や蚯蚓鳴く      澤好摩
>>〔53〕鴨が来て池が愉快となりしかな    坊城俊樹
>>〔52〕どの絵にも前のめりして秋の人    藤本夕衣
>>〔51〕少女期は何かたべ萩を素通りに    富安風生
>>〔50〕悲鳴にも似たり夜食の食べこぼし  波多野爽波
>>〔49〕指は一粒回してはづす夜の葡萄    上田信治
>>〔48〕鶺鴒がとぶぱつと白ぱつと白     村上鞆彦
>>〔47〕あづきあらひやひとり酌む酒が好き  西野文代
>>〔46〕夫婦は赤子があつてぼんやりと暮らす瓜を作つた 中塚一碧楼
>>〔45〕目薬に涼しく秋を知る日かな     内藤鳴雪
>>〔44〕金閣をにらむ裸の翁かな      大木あまり
>>〔43〕暑き夜の惡魔が頤をはづしゐる    佐藤鬼房
>>〔42〕何故逃げる儂の箸より冷奴     豊田すずめ
>>〔41〕ひそひそと四万六千日の猫      菊田一平

>>〔40〕香水や時折キッとなる婦人      京極杞陽
>>〔39〕せんそうのもうもどれない蟬の穴   豊里友行
>>〔38〕父の日やある決意してタイ結ぶ    清水凡亭
>>〔37〕じゆてーむと呟いてゐる鯰かな    仙田洋子
>>〔36〕蚊を食つてうれしき鰭を使ひけり    日原傳
>>〔35〕好きな樹の下を通ひて五月果つ    岡崎るり子
>>〔34〕多国籍香水六時六本木        佐川盟子
>>〔33〕吸呑の中の新茶の色なりし       梅田津
>>〔32〕黄金週間屋上に鳥居ひとつ     松本てふこ
>>〔31〕若葉してうるさいッ玄米パン屋さん  三橋鷹女
>>〔30〕江の島の賑やかな日の仔猫かな   遠藤由樹子
>>〔29〕竹秋や男と女畳拭く         飯島晴子
>>〔28〕鶯や製茶会社のホツチキス      渡邊白泉
>>〔27〕春林をわれ落涙のごとく出る     阿部青鞋
>>〔26〕春は曙そろそろ帰つてくれないか   櫂未知子
>>〔25〕漕いで漕いで郵便配達夫は蝶に    関根誠子
>>〔24〕飯蛸に昼の花火がぽんぽんと     大野朱香
>>〔23〕復興の遅れの更地春疾風       菊田島椿
>>〔22〕花ミモザ帽子を買ふと言ひ出しぬ  星野麥丘人
>>〔21〕あしかびの沖に御堂の潤み立つ   しなだしん

>>〔20〕二ン月や鼻より口に音抜けて     桑原三郎
>>〔19〕パンクスに両親のゐる春炬燵    五十嵐筝曲
>>〔18〕温室の空がきれいに区切らるる    飯田 晴
>>〔17〕枯野から信長の弾くピアノかな    手嶋崖元
>>〔16〕宝くじ熊が二階に来る確率      岡野泰輔
>>〔15〕悲しみもありて松過ぎゆくままに   星野立子
>>〔14〕初春の船に届ける祝酒        中西夕紀
>>〔13〕霜柱ひとはぎくしやくしたるもの  山田真砂年
>>〔12〕着ぶくれて田へ行くだけの橋見ゆる  吉田穂津
>>〔11〕蓮ほどの枯れぶりなくて男われ   能村登四郎
>>〔10〕略図よく書けて忘年会だより    能村登四郎
>>〔9〕暖房や絵本の熊は家に住み       川島葵 
>>〔8〕冬の鷺一歩の水輪つくりけり     好井由江
>>〔7〕どんぶりに顔を埋めて暮早し     飯田冬眞
>>〔6〕革靴の光の揃ふ今朝の冬      津川絵里子
>>〔5〕新蕎麦や狐狗狸さんを招きては    藤原月彦
>>〔4〕女房の化粧の音に秋澄めり      戸松九里
>>〔3〕ワイシャツに付けり蝗の分泌液    茨木和生
>>〔2〕秋蝶の転校生のやうに来し      大牧 広
>>〔1〕長き夜の四人が実にいい手つき    佐山哲郎


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 鉄瓶の音こそ佳けれ雪催 潮田幸司【季語=雪催(冬)】
  2. ミステリートレインが着く猿の星 飯島章友
  3. ラグビーのジヤケツの色の敵味方 福井圭児【季語=ラグビー(冬)】…
  4. 禁断の木の実もつるす聖樹かな モーレンカンプふゆこ【季語=聖樹(…
  5. 赤福のたひらなへらもあたたかし 杉山久子【季語=あたたか(春)】…
  6. 多国籍香水六時六本木 佐川盟子【季語=香水(夏)】
  7. じゆてーむと呟いてゐる鯰かな 仙田洋子【季語=鯰(夏)】
  8. 琴墜ちてくる秋天をくらりくらり 金原まさ子【季語=秋天(秋)】

おすすめ記事

  1. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2023年8月分】
  2. また次の薪を火が抱き星月夜 吉田哲二【季語=星月夜(秋)】
  3. 雷をおそれぬ者はおろかなり 良寛【季語=雷(夏)】
  4. 湖の水かたふけて田植かな 高井几董【季語=田植(夏)】
  5. 【秋の季語】団栗
  6. ひそひそと四万六千日の猫 菊田一平【季語=四万六千日(夏)】
  7. 集いて別れのヨオーッと一本締め 雪か 池田澄子【季語=雪(冬)】
  8. 【第22回】新しい短歌をさがして/服部崇
  9. ゆる俳句ラジオ「鴨と尺蠖」【第6回】
  10. 【新年の季語】小正月

Pickup記事

  1. 【秋の季語】運動会
  2. カードキー旅寝の春の灯をともす トオイダイスケ【季語=春の灯(春)】 
  3. 【連載】もしあの俳人が歌人だったら Session#6
  4. 夏みかん酢つぱしいまさら純潔など 鈴木しづ子【季語=夏みかん(夏)】
  5. 黒揚羽に当てられてゐる軀かな 飯島晴子【季語=黒揚羽(夏)】
  6. 【書評】茨木和生 第14句集『潤』(邑書林、2018年)
  7. 秋櫻子の足あと【第5回】谷岡健彦
  8. 泥棒の恋や月より吊る洋燈 大屋達治【季語=月(秋)】
  9. 笠原小百合の「競馬的名句アルバム」【第3回】2010年神戸新聞杯
  10. めぐりあひやその虹七色七代まで 中村草田男【季語=虹(夏)】
PAGE TOP