ハイクノミカタ

小鳥屋の前の小川の寒雀 鈴木鷹夫【季語=寒雀(冬)】


小鳥屋の前の小川の寒雀

鈴木鷹夫


「げっ」と思わず目を剥いたのだった。

このところ何かとお世話になっている『カラー図説日本大歳時記座右版』で「寒雀」を引いたところ、冒「厳寒の候になると、食物が乏しくなるので、雀はますます軒先近くやってくる。毛並もまるまるとふくらんできて、焼鳥にすると美味である」とある。いきなりの食糧扱いと来た。赤ずきんを待ち構える狼もかくやの舌なめずりが聞こえそうだ。

とまあ、冬に味覚の旬を迎える雀だが、冬どころか一年を通して姿を見かけることがめっきり減った。家の近所では椋鳥や鵯が喧しく鳴いているが、雀の声を聞かない。郊外の田畑地帯や都会でも緑の多い公園などでは目にした覚えもあるが、コロナ禍で遠出の少なくなった私の中ではほぼ思い出の中の鳥となりつつある。雀の数がこれほど減少した理由の一つは従来の日本家屋に変わりマンションや鉄筋鉄骨の家が増え、雀が巣を作りにくい環境になったことが原因らしい。なるほどねえ。そう言えば私が子供の頃は家の戸袋や雨樋に巣を作られて難儀したものだ。とにかくはびこっていたし、頬のところの黒丸の模様もなんとなく野暮ったいし、取り立てて気に掛けることもなかった。

俳句を作るようになって、「雀の子」や「稲雀」そしてこの「寒雀」や「ふくら雀」などの季語があることを知った。その目で眺めると、その他大勢のダサいタイプと思っていた雀が何と愛らしく映ったことだろう。そして今や、雀が減ったねぇ、と嘆いているのだから現金極まりない。

 小鳥屋の前の小川の寒雀

昭和48年の作だから、雀はまだまだ軒端に、路傍に、岸辺に散らばっていた筈だ。川べりの草や土を啄んでいる雀を見て美味そうだなあ、と唾を飲み込んでいるのでは無論ない。

見たままの景色を句にしただけで、小鳥屋(と売物の鳥たち)から小川へ、そこに遊ぶ雀たちへと視線が移る構図がしっかりしている。小鳥屋は開いているのか閉まっているのかはっきりしないが、開いているなら店先に文鳥、インコ、九官鳥などを並べているだろう。店の奥にも鳥籠が見える。その前で売るにも足らん雀がちゅんちゅん気ままにしている。籠の中の鳥を不自由の、外の雀を自由の象徴として対比させているとまで深読みすることはないと思う。ちょっとしたアイロニーを感じればいいのだろうし、何しろ膨らんだ雀の姿が可愛いのだから。とは言え、小鳥屋と雀との間に引かれた小川は細いながらになかなか鮮やかな境界線だ。そして鈴木鷹夫はこの境界の雀側に立ち続けた人ではないか、なんてあくまで印象ですけれど。

(『渚通り』 牧羊社 1979年より)

太田うさぎ


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』


【太田うさぎのバックナンバー】

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>>〔65〕イエスほど痩せてはをらず薬喰   亀田虎童子
>>〔64〕大氷柱折りドンペリを冷やしをり  木暮陶句郎
>>〔63〕うららかさどこか突抜け年の暮    細見綾子
>>〔62〕一年の颯と過ぎたる障子かな     下坂速穂
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