ハイクノミカタ

新蕎麦や狐狗狸さんを招きては 藤原月彦【季語=新蕎麦(秋)】


新蕎麦や狐狗狸さんを招きては

藤原月彦


かつて「こっくりさん」と呼ばれる一種の降霊術まがいが一大ブームを巻き起こした。五十音と数字を書いた紙の上に十円玉を乗せ、参加者全員がその上に指を置き、狐の霊を呼び出す。「こっくりさん、そこにいらっしゃいますか」と尋ねると、あーら不思議、十円玉が「はい」「いいえ」と書いた文字の「はい」の方へじわじわと動いていく。そしてその後は、五十音や数字の上を辿っては参加者の繰り出す質問に答えてくれるのだ。最後は丁重にお礼を述べてお帰り頂く。これをしないと祟りがある。

1970年代に10代を過ごした私世代なら、放課後の教室や家で友達と固唾を飲んで硬貨の行方を見守った経験のある方も多いに違いない。祟りについても、どこそこの女子生徒が狐憑きになって授業中に教室から飛び降りた、などという話がまことしやかに囁かれたものだ。すっかり廃れたかと思ったが、検索すると近年でも映画が作られたり、謎を解き明かしたり、呪われた逸話を紹介したり、ととんでもない数のサイトがあり少なからず驚いた。心霊現象めいた怪奇話が人の心を惹きつけるのに時代は関係ないらしい。

さて、そんなおっかないこっくりさんに新蕎麦を振舞おうというのが掲句だ。恐ろしい、というよりもどこか愛嬌がある。夏に蒔いてまだ熟しきらない蕎麦の実を刈り取り、その粉で打ったのが新蕎麦。旬の手前の“走り”を愛でるのは如何にも江戸っ子の好みだが、<狐狗狸さん>となると自ずと景色は鄙び、山深い里の古い民家が目に浮かぶ。あやかしを畏怖し遠ざけるのではなく、生活のなかに取り込み、その年の収穫を分かち合うことで加護を得る。それは太古から受け継がれてきた庶民の文化なのかもしれない。

それにしても、のこのこ参上して新蕎麦の前に座っているこっくりさんはどうにも憎めない(何故か知らん、白石加代子をイメージしてしまうのだが)。この蕎麦にはやっぱり油揚げが乗っかっているのだろうか。

新蕎麦も出回り始めたようだ。奇しくも今日10月31日はハロウィン。蕎麦屋で一献を自分にトリートするのも悪くない。

『藤原月彦全句集』 六花書林 2019年より)

(太田うさぎ)


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 天女より人女がよけれ吾亦紅 森澄雄【季語=吾亦紅(秋)】
  2. 遠足や眠る先生はじめて見る 斉藤志歩【季語=遠足(春)】
  3. 生きのよき魚つめたし花蘇芳 津川絵理子【季語=花蘇芳(春)】
  4. 泥棒の恋や月より吊る洋燈 大屋達治【季語=月(秋)】
  5. 年逝くや兎は頰を震はせて 飯島晴子【季語=年逝く(冬)】
  6. 武具飾る海をへだてて離れ住み 加藤耕子【季語=武具飾る(夏)】
  7. 月かげにみな美しき庭のもの 稲畑汀子【季語=月影(秋)】
  8. 少し派手いやこのくらゐ初浴衣 草間時彦【季語=初浴衣(夏)】

おすすめ記事

  1. いつまでもからだふるへる菜の花よ 田中裕明【季語=菜の花(春)】 
  2. 神保町に銀漢亭があったころ【第122回】樫本由貴
  3. まはすから嘘つぽくなる白日傘 荒井八雪【季語=白日傘(夏)】
  4. 【連載】新しい短歌をさがして【7】服部崇
  5. 趣味と写真と、ときどき俳句と【#07】「何となく」の読書、シャッター
  6. 神保町に銀漢亭があったころ【第12回】佐怒賀正美
  7. 【春の季語】春灯
  8. 妹の手をとり水の香の方へ 小山玄紀
  9. 【新年の季語】松納
  10. つひに吾れも枯野のとほき樹となるか 野見山朱鳥【季語=枯野(冬)】

Pickup記事

  1. 愛断たむこころ一途に野分中 鷲谷七菜子【季語=野分(秋)】
  2. 「パリ子育て俳句さんぽ」【9月11日スタート】
  3. いぬふぐり昔の恋を問はれけり 谷口摩耶【季語=いぬふぐり(春)】
  4. 鳥屋の窓四方に展けし花すゝき     丹治蕪人【季語=花すゝき(秋)】
  5. コスモスのゆれかはしゐて相うたず      鈴鹿野風呂【季語=コスモス(秋)】
  6. 【秋の季語】露草/月草 ほたる草 ばうし花
  7. 【冬の季語】水仙
  8. 服脱ぎてサンタクロースになるところ 堀切克洋【季語=サンタクロース(冬)】
  9. 生垣や忘れ一葉を落し掃く   村尾公羽【季語=一葉(秋)】
  10. 青大将この日男と女かな 鳴戸奈菜【季語=青大将(夏)】
PAGE TOP