暖房や絵本の熊は家に住み 川島葵【季語=暖房(冬)】


暖房や絵本の熊は家に住み

川島葵


『三びきのくま』という絵本がある。大きなお父さんくま、中くらいのお母さんくま、小さなくまのぼうやの家族が森の中の一軒家に住んでいた。ある日、熱々のスープが冷めるまで散歩しようと三びきが家を空けた間に、ひとりの女の子が迷い込み・・・というあらすじだ。

すっかり記憶の古井戸の底に沈んでいた絵本が一瞬にして目の前に蘇った。

掲句は暖房の効いた部屋でお母さんが子供に絵本を読み聞かせている図か、或いは作者がかつて夢中になった絵本を懐かしく思い出しているものか。暖かな空気は優しさを呼び寄せる。可愛らしく、楽しく、懐かしく、心をほのぼのと灯してくれるような句だ。けれど。それだけ?

絵本や童話の中でくまさんは冬眠をしない。その代わりに住み心地の良い家に暮らす。寒い日には暖炉に火を熾し、ホットチョコレートを飲むだろう。彼らは人間のように二足歩行をし、テーブルでご飯を食べ、パジャマに着替えてベッドに入る。何だったらナイトキャップも被っているかもしれない。現実の熊がそんなことをしないことは子供だって百も承知だ。けれどもそれはそれとして、おはなしの世界の熊もちゃんと存在しているのだ。その世界への扉はすぐそこにあって、いつでも遊びに行ける、本を開きさえすれば。

大人になるとそうは行かない。現実と架空とはもう地続きではなく、切り離されてしまっている。熊が家に住むのは絵本だから、絵空事だから、と決定的に気づいてしまったらもう後戻りは出来ない。それが成長ということなのだ。この句の「は」が語っているのはそんなことじゃないかと思うとき、暖房という季語が俄かにシニカルに響く。

ところで、最初に挙げた絵本の題名、英語では”The Three Bears”というそうです。熊に対して通常使われる数え方を用いて『三頭の熊』と訳してもいいけれど、そうすると印象がまるっきり変わってしまう。意図せず空き巣(?)に入った女の子が悲劇的な末路を迎えそうな予感すらします。数え方って結構大事。

『ささら水』2018 ふらんす堂より)

太田うさぎ


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』


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