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胸元に来し雪虫に胸与ふ 坂本タカ女【季語=雪虫(冬)】

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胸元に来し雪虫に胸与ふ

坂本タカ女


「雪虫」というのはなかなか厄介な季語である。「綿虫」の俗称である「雪虫」と、春に雪面に現れる「雪虫」という、似たようでいてまったく違う2種類の虫がいるからだ。一句だけ取り出してみるとどちらを詠んだものか迷うものも多く、歳時記の例句でも少なからず混乱しているように思われる。

掲句は綿虫のこと。春の雪虫には翅がなく胸元まで来ることはないようなので、これは間違いないだろう。

私が今年初めて雪虫を見たのは、もう10日ほども前になる。おだやかな晴天のもと、不規則な舞を繰り広げる雪虫の一群は、たしかな冬の前触れである。

雪虫が初めて出現してから2週間後に初雪が降るということが、一時まことしやかに語られた。それが正しければそろそろ初雪となるはずだが、今年はまだ来ていない。実際に調べてみた人によればかなり大きな誤差があるようで、いわば都市伝説のようなものだったらしい。いずれにしても、雪はもうすぐだ。

胸元に来し雪虫に胸与ふ

雪虫の群れの中の一匹が胸に止まったという景。別に人間に悪さをするわけでもないからそのまま見ていた。あるいは俳人の性で、俳句の種にしようと思ってじっと観察していたのかもしれない。

そのときふと、冬の息吹が身の内に流れ込むのを感じたのだろう。雪虫という使者がそれを運んで来たのだ。作者は雪虫をしばし留まらせながら、冬を迎える覚悟を胸に抱え入れたのである。

永田耕一郎『北ぐに歳時記』(1984年/北海道新聞社)より引いた。

(鈴木牛後)


【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)『暖色』(マルコボ.コム、2014年)『にれかめる』(角川書店、2019年)

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