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パンクスに両親のゐる春炬燵 五十嵐筝曲【季語=春炬燵(春)】

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パンクスに両親のゐる春炬燵

五十嵐筝曲


パンクロックというロックミュージックの一ジャンルが生まれたのは1970年代半ば。反体制的的な歌詞、シンプルなコード進行、叩きつけるようなヴォーカルが特徴と言っていい。パンクを知らない人でも、セックス・ピストルズやザ・クラッシュと言った当時の代表的なパンク・バンドの名前を聞けばその志向するところは何となく想像がつくだろう。あれからかれこれ半世紀近くなるのか、とリアルタイムで彼らの音楽に耳を傾けた世代としてはつい遠い目になりもするのだけれど、パンクロックは当時の過激さから形を変えながらも絶滅はどうやら逃れているようだ。現在の音楽シーンに全く疎いので、間違っているとしたら謝罪して撤回します。

掲句の”パンクス”という複数形は便宜的に用いられているので、パンク・ロックをやっているのか、パンク・ファンの一人のことだろう。パンクファッションと言えば、スキンヘッドやモヒカン頭、剃った眉毛、鼻や舌のピアス、首輪、鋲のびっしり立った革ジャケットなどなど。そんな恰好で武装し、家庭を含めたあらゆる社会制度に中指を立てそうな若者が、実家で両親と炬燵に当たってテレビを眺めながら蜜柑を剥いている。一コマ漫画のような光景が思い浮かんでちょっと笑いが漏れる。春炬燵がパンクというハードなイメージをふやけさせてしまうのが面白いのだろう。でも、それなら「パンクスが両親とゐる春炬燵」でもいい筈だ。この句を単純な面白さで終わらせないのは「パンクスに両親のゐる」という叙述によるものだと思う。誰にだって両親はいる。いたって当たり前のことなのに、改めて気づく。そして気づいたときの不思議な気分。そんなことがこの表現から感じられる。そして、俳句の得意技の一つは当たり前の発見にある。

ところで、私が最近気に入っているパンクと言えば、ブリュードッグというスコットランドのブルワリーが作っている「パンクIPA」というビール。これ、ほんっと美味しいんですよ、だってね・・・。あ、話長いですか。わきまえなくてすみません。

『アウトロー俳句』河出書房新社 2017年より)

太田うさぎ


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』


【太田うさぎのバックナンバー】
>>〔18〕温室の空がきれいに区切らるる    飯田 晴
>>〔17〕枯野から信長の弾くピアノかな    手嶋崖元
>>〔16〕宝くじ熊が二階に来る確率      岡野泰輔
>>〔15〕悲しみもありて松過ぎゆくままに   星野立子
>>〔14〕初春の船に届ける祝酒        中西夕紀
>>〔13〕霜柱ひとはぎくしやくしたるもの  山田真砂年
>>〔12〕着ぶくれて田へ行くだけの橋見ゆる  吉田穂津
>>〔11〕蓮ほどの枯れぶりなくて男われ   能村登四郎
>>〔10〕略図よく書けて忘年会だより    能村登四郎
>>〔9〕暖房や絵本の熊は家に住み       川島葵 
>>〔8〕冬の鷺一歩の水輪つくりけり     好井由江
>>〔7〕どんぶりに顔を埋めて暮早し     飯田冬眞
>>〔6〕革靴の光の揃ふ今朝の冬      津川絵里子
>>〔5〕新蕎麦や狐狗狸さんを招きては    藤原月彦
>>〔4〕女房の化粧の音に秋澄めり      戸松九里
>>〔3〕ワイシャツに付けり蝗の分泌液    茨木和生
>>〔2〕秋蝶の転校生のやうに来し      大牧 広
>>〔1〕長き夜の四人が実にいい手つき    佐山哲郎



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