神保町に銀漢亭があったころ

神保町に銀漢亭があったころ【第117回】北村皆雄

銀漢亭放浪

北村皆雄 (井上井月顕彰会会長)

俳句をやらない僕が俳人のたまり場「銀漢亭」に出入りするようになったのは、平成26 年の「井月忌の集い」を私学会館でやり始めた前年であろう。俳句大会の運営を伊藤伊那男さんに頼み、打ち合わせを店でやるようになったのである。僕が二代目会長を仰せつかった「井上井月顕彰会」は、俳人の集まりというよりも、伊那を盛り上げる文化運動的な面が強かった。

伊那で始めていた「千両千両!井月さんまつり」と並行して東京で始めた「井月忌の集い」のメンバーは多士済々。三井住友生命のCEOを長くやった井口武雄さんは、ふるさと信州伊那北高校の同級生、NHKの理事だった宮下宣裕さんは1年後輩、会の事務局長の平澤春樹さんは、伊那市出身だが、ちょっとへそ曲がりで飯田高校へ行ってバンカラな応援団長をやっていた。

映画「ほかいびと」は、幕末から明治にかけて長野の伊那谷を放浪した俳人、井上井月の謎に包まれた生涯にドキュメントとフィクションを融合させて迫る伝記映画。

「井月忌の集い」の俳句大会をやるのに俳句の世界とつながりのない僕らは、高校後輩の伊藤伊那男さん、大野田井蛙さんに、13人の選者の依頼と事前句や当日句の運営をお願いして、その度、打ち合わせを銀漢亭でやることにしていたのだ。会議は店の始まる前の夕方4時から、伊那男さんの仕込みが一息つく頃からであった。僕らは、ビールいっぱい飲みながらあれこれ話し合うことになっていた。6時頃になると、お客さんがちらほらやってくる。ほとんどが俳人たちである。その頃になると、「銀漢亭」の一番広い奥のテーブルを後に、近くの「新世界菜館」か「咸亨酒店」で紹興酒を飲み、中華料理を食べるのが常であった。

「井月忌の集い」は、毎年欠かさず白鳥孝市長も伊那から出席してくれた。「集い」を資金的に支えてくれたのは、初代顕彰会会長の堀内功さんで、96 歳で亡くなる前、3人の息子さんたちに、遺言のように井月さんの活動を支えるように言ってくれたのであった。市長も長男の堀内泰司さんも銀漢亭に足を運んでくれた。

コロナ禍で「第8回井月忌の集い」は、ネットでやるようになった。銀漢亭で、みんなで集うことができない寂しさが、なんともやりきれない。僕らが東京に出てきて60年、東京の伊那がなくなってしまった。ひと時代が終わったのかなぁ。   


【執筆者プロフィール】
北村皆雄(きたむら・みなお)
1942年伊那市生まれ。映画監督・ヴィジュアルフォークロア代表。映画「ほかいびと監督、一般社団法人 井上井月顕彰会会長。著書に『井上井月と伊那路をあるく-漂泊の俳人ほかいびとの世界-』『俳人井月 幕末維新風狂に死す』(岩波現代全書)など多数。


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