連載・よみもの

【#40】「山口誓子「汽罐車」連作の学術研究とモンタージュ映画」の続き


【連載】
趣味と写真と、ときどき俳句と【#40】

「山口誓子「汽罐車」連作の学術研究とモンタージュ映画」の続き
青木亮人(愛媛大学准教授)

本連載38回「山口誓子「汽罐車」連作の学術研究とモンタージュ映画」で、山口誓子の「汽罐車」連作について学術論文にまとめたことに触れたが、今回は補足的にいくつかの当時の資料を紹介してみよう。

 夏草に汽罐車の車輪来て止る

 汽罐車の煙鋭き夏は来ぬ

 汽罐車の眞がねや天も地も旱

 汽罐車の車輪からくと地の旱

 夏の川汽車の車輪の下に鳴る (1933作)

 この連作は、後に「夏草に」句がモンタージュ映画のような「二物衝撃」の好例として喧伝されたため、次第に「汽罐車」連作全体がモンタージュ的な「衝撃」の象徴として語られるようになった。

しかし、当時の資料や誓子自身の俳論を調べると、誓子自身は連作を「衝撃」ではなく「連鎖」と見なしたことに加え、同時代の俳人たちは「汽罐車」連作を「都会交響楽」云々と音楽を比喩に評する場合が多いことが分かった。

加えて、「二物衝撃」の由来とされたモンタージュ映画は、同時代では「衝撃」以上に「メロディー」「シンフォニー」と評されていることも判明したため、それを「「汽罐車」のシンフォニー」という論文にまとめた……といったことを紹介したのが本連載38回だった。

 誓子はモンタージュ映画を含むソ連やヨーロッパの前衛映画(当時は異なる呼称で呼ばれることが多かったが、こちらで統一しておく)への関心が高く、マン・レイやジェルメーヌ・デュラック、レニ・リーフェンシュタール等の作品を観ており、また下のヴァルター・ルットマン『伯林 大都会交響楽』(1927)も見知っていた可能性が高い。

(38回で紹介したのは無声映画版、こちらはBGM付版)

本連載の38回でも紹介したように、『伯林』冒頭近くのシーン(3:37-3:54あたり)では停車する際に車輪がクローズ・アップで映し出されており、「汽罐車」連作と近い感性が息づいているのがうかがえよう。

誓子は映画評論も多数読んでおり、当時著名だったベラ・バラージュ『映画美学と映画社会学』(1932)にも目を通している。この評論書には、『伯林』を評した次のような一節が見える。

ヴアルタア・ルツトマンの映画「伯林―大都会交響楽」は(略)路面電車やジヤズバンド、牛乳車や女の脚、街上の雑踏や機械――と云ふやうなものが総て、半睡半眠の中で見られるやうに、渦巻きながら眼の前を通り過ぎたり、潜在意識の底から浮び上つて来る。(略)モンタアジユのなかに現はれる所の一つの綜合的印象である。(略)眼を閉ぢて回想の眼で観られたものである。そこでは現実性も、空間も、時間も支配してゐない。(『映画美学と映画社会学』)

興味深いのは、バラージュは『伯林』のようなモンタージュ映画を「半睡半眠」「回想の眼」云々と評している点であろう。

この『伯林』評に下記の誓子の自句評を重ねると、現在と当時では「汽罐車」連作の世界像がおよそ異なっていたことに思い至る。

機関車を先だてて、列車が入つて来る。(略)君は閏秀監督ジエルメエヌ・デユラツクの超現実主義映画「貝殻と坊主」を見たであらうか。あの映画のうちに、一人の男と一人の女とが、池畔の並木道を夢遊病者のやうにゆるやかに走り来るのを見たであらうか。機関車の脚どりは、まさにこの夢遊病者の脚どりである。(略)大きな車輪の鷹揚な停止。ほとりに青き夏草。(誓子、1934)

当時の誓子は、自身の「汽罐車」連作を映画になぞらえる際、エイゼンシュテイン流の「衝撃」によるモンタージュではなく、「夢遊病者の脚どり」を思わせるデュラックのシュールレアリスム映画で捉えようとしていた(『貝殻と坊主』の脚本はアントナン・アルトー)。

この誓子の自句評にベラ・バラージュの『伯林』評を重ねると、モンタージュ映画のようにカットの断片を連ねたかに感じられる「汽罐車」連作は、当時の人々に「半睡半眠」「回想の眼」の印象を強く喚起させる「都会交響楽」(誓子連作の同時代評)を連想させるとともに、「大阪駅構内」の鉄路をカラカラと走りゆく「汽罐車」が「夢遊病者の脚どり」を想わせるものだった、となろう。

無論、当時の読者の誰もが「汽罐車」連作に「夢遊病者の脚どり」を看取したわけではなく、むしろ作者の誓子独特の感性というべきかもしれない。

同時に、同時代俳人が「汽罐車」連作を「都会交響楽」と評したのは重要であり、つまり当時の先鋭的な映画を識る人々はモンタージュ映画を連想させる「汽罐車」連作を、「衝撃」よりも『伯林』のバラージュ評に近いイメージで捉えていた可能性が極めて高かったのだ。

これは、当時の俳人たちが山口誓子作品に震撼した理由を考える上で興味深い点であり、こういった同時代資料や作品解釈とともに「汽罐車」連作や誓子作品の特徴を論じた先行研究は学術論文では見当たらなかった。

評論関係でも論証とともに指摘した論は見た限りではなかったため、「「汽罐車」のシンフォニー-」という題とともに論文の形で検証し、句の解釈も交えながら論じたわけである。

このように、「汽罐車」連作を軸にしながら俳句以外の同時代芸術の潮流を調べてみると、誓子は様々な芸術作品から刺激を受けながら斬新な句を詠み続けた可能性が高いことが分かってきた。

例えば、「汽罐車」連作は同時代のモダニズム写真からも大きな影響を受けており、誓子は映画とともに写真にも強い関心を抱いていたことが判明したのだが、そのあたりはまた他の機会に譲ろう。

それにしても、山口誓子は抜群に頭が良く、センスの塊のような俳人であり、しかも好奇心旺盛な上に超人的な努力家だったことを論文にしながら改めて実感したものだ。俳句以外の芸術潮流に強烈な刺激や影響を受けたとして、それを有季定型の表現に完璧に昇華しうる俳人は稀に近いのではないか。

当時の映画や写真の資料や俳句文献を調べつつ誓子句の解釈を練り、論文にまとめる中で、『伯林』のようなモンタージュ映画の世界像を「汽罐車」連作で表現できてしまった誓子がいかに不世出の俳人だったかをまざまざと感じたのである。

なお、拙稿「「汽罐車」のシンフォニー 山口誓子の俳句連作について」は、下記のリンク先から閲覧可能。 

https://www.jstage.jst.go.jp/article/showabungaku/73/0/73_28/_article/-char/ja/


【執筆者プロフィール】
青木亮人(あおき・まこと)
昭和49年、北海道生まれ。近現代俳句研究、愛媛大学准教授。著書に『近代俳句の諸相』『さくっと近代俳句入門』『教養としての俳句』など。


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