連載・よみもの

【#33】台北市の迪化街


【連載】
趣味と写真と、ときどき俳句と【#33】


台北市の迪化街

青木亮人(愛媛大学准教授)


台北の迪化街

台北市の西部にあたる迪化街(てきかがい)は台湾の中でも歴史の古い界隈であり、かつて問屋街として賑わった街である。迪化街は大きな淡水河そばにあり、元来は水田が広がる地域として「大稲埕(だいとうてい)」と呼ばれていた。やがて福建省から多くの漢人(中国人)が入植して住宅地となり、迪化街は淡水河の水運を活かした物資の集散地として大いに栄え、一大商業地に変貌したのである。

迪化街は古くから繁栄した界隈であり、また漢人が多く住み、在住日本人の割合が少なかったこともあり、独特の建築が建ち並ぶことになった。漢人の郷里である中国の華南地域の様式に加え、バロック的な洋風や日本風の建築も混淆した結果、独特の風趣を湛えるようになったのである。

顔義成商行

写真の建物は1920年代に建てられ、二階部分からバロック様式の洋風建築になっているのが独特だ(一階部分は亭仔脚と呼ばれるファサードの通路になっている)。

迪化街は太平洋戦争時にアメリカ軍の空襲に遭わなかったため、写真のような日本統治時代の建築が数多く遺されることになった。多くは今も使用されており、その意味でも迪化街は台湾の歴史を物語る地域といえよう。

ところで、かような迪化街を散策していると「永楽」の名を冠した店や看板をたまに見かけることに気付き、驚いたことを覚えている。

迪化街の「永楽布業商場」(布市場)

上の建物の切文字看板を目にした時に息を呑んだのは、日本統治時代の記憶に触れたような気がしたためだ。迪化街界隈は、日本統治時代には「永楽町」と呼ばれていた。その名残が現代の店名に遺っているとは予想していなかったため、少なからず驚いたのである。

「永楽町」は日本の敗戦後に中華民国政府が台湾を支配した際、迪化街と名付けられて今に至っている。「大稲埕」から「永楽町」、そして「迪化街」へ……名の変遷は、そのまま台湾の複雑な歴史を物語っていよう。ちなみに、「迪化」は「啓迪教化」を意味し、ウイグルのウルムチ一帯を指す言葉だ。かような語が永楽町一帯に付されたのは、なかなか含蓄がある。

午前の人通りの少ない迪化街を散策しながら、私はアジアの近代史に少し触れたような気がしたものだった。

【次回は1月15日ごろ配信予定です】


【執筆者プロフィール】
青木亮人(あおき・まこと)
昭和49年、北海道生まれ。近現代俳句研究、愛媛大学准教授。著書に『近代俳句の諸相』『さくっと近代俳句入門』など。


【「趣味と写真と、ときどき俳句と」バックナンバー】

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