連載・よみもの

【#18】チャップリン映画の愉しみ方


【連載】
趣味と写真と、ときどき俳句と【#18】


チャップリン映画の愉しみ方

青木亮人(愛媛大学准教授)


チャールズ・チャップリン(1889-1977)といえば今や教科書に載る喜劇俳優で、20世紀文明や社会を批判した”The Modern Times”(1936)や” The Great Dictator”(1940)といった彼の映画は今なお言及されることが多い。

個人的には、チャップリン映画ではそれらの作品よりも”The Pilgrim(偽牧師)”(1923)あたりが好きで、というのも彼のコミカルな動きのキレが堪能できるためだ。

“The Pilgrim”の物語の筋は単純で、チャップリン扮する脱獄囚が牧師の服を盗んで聖職者になりすまし、色々あったがなりゆきで人助けをすることになり、最後は保安官の温情で脱獄の罪を不問に付される……という内容である。

脱獄囚は行き当たりばったりの適当さや軽快な無責任ぶりをふりまき、その様子をチャップリンが演じるのだが、動作の一つ一つに風来坊ならではの軽薄さが横溢していて、しかもキレがある。さすが映画俳優になる前は数々の舞台で鍛えあげたプロの芸人……と妙なところで感心してしまう。

“The Pilgrim”の冒頭でチャップリンが牧師になりすまして駅前を歩いていると、駆け落ちした男女が彼を見つけ、その場で結婚式を挙げようと偽牧師を呼び止める。しかし、牧師に扮する脱獄囚は自分を捕まえるのかと反射的に勘違いし、一生懸命逃げ出す。

加えて駆け落ちした娘を鬼の形相で追いかけてきた父親が登場し、娘と男を見つけるや走り出すと偽牧師は二人と一緒に逃げ始める。このあたりのチャップリンの演技は何度観ても素晴らしく、軽快なBGMがさらに偽牧師の適当さを支えて(?)おり、体幹やリズム感も抜群であるチャップリンの演技は何度観ても飽きない。

(”The Pilgrim”冒頭場面)

バレエや舞踏、また茶道等に長年励んでいる方は全身の末端まで神経が行き届いているというか、身のこなしやごく僅かな所作にも違いを感じることが少なくない。
これは言葉や文章も似ており、意識的な書き手とさほど気にしない書き手では文章の質がおよそ異なるかに感じられる。
その点、チャップリンの動作のキレはとにかく凄い。
彼の映画を見直すたびに畏敬の念は深まるばかりで、しかもその尊敬の念を抱くポイントは物語の内容や作品分析と関係がなさそうな箇所ばかりなので、チャップリン映画の愉しみ方として良いのかどうか、たまに分からなくなることがある。

【次回は12月15日ごろ配信予定です】


【執筆者プロフィール】
青木亮人(あおき・まこと)
昭和49年、北海道生れ。近現代俳句研究、愛媛大学准教授。著書に『近代俳句の諸相』『さくっと近代俳句入門』など。


【「趣味と写真と、ときどき俳句と」バックナンバー】
>>[#17] 黒色の響き
>>[#16] 秋の夜長の漢詩、古琴
>>[#15] 秋に聴きたくなる曲
>>[#14] 「流れ」について
>>[#13-4] 松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(4)
>>[#13-3] 松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(3)
>>[#13-2] 松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(2)
>>[#13-1] 松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(1)


>>[#12] 愛媛のご当地菓子
>>[#11] 異国情緒
>>[#10] 食事の場面
>>[#9] アメリカの大学とBeach Boys
>>[#8] 書きものとガムラン
>>[#7] 「何となく」の読書、シャッター
>>[#6] 落語と猫と
>>[#5] 勉強の仕方
>>[#4] 原付の上のサバトラ猫
>>[#3] Sex Pistolsを初めて聴いた時のこと
>>[#2] 猫を撮り始めたことについて
>>[#1] 「木綿のハンカチーフ」を大学授業で扱った時のこと



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 「野崎海芋のたべる歳時記」タルト・オ・ポンム
  2. 【第6回】ラジオ・ポクリット(ゲスト:阪西敦子・太田うさぎさん)…
  3. 【特別寄稿】屋根裏バル鱗kokera/中村かりん
  4. 【連載】新しい短歌をさがして【14】服部崇
  5. 【結社推薦句】コンゲツノハイク【2022年3月分】
  6. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第35回】英彦山と杉田久女
  7. 【結社推薦句】コンゲツノハイク【2023年6月分】
  8. 【連載】新しい短歌をさがして【15】服部崇

おすすめ記事

  1. 【秋の季語】草の花
  2. ゆる俳句ラジオ「鴨と尺蠖」【第4回】
  3. 【春の季語】日永
  4. 【新年の季語】初句会
  5. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第64回】 富山と角川源義
  6. むかし吾を縛りし男の子凌霄花 中村苑子【季語=凌霄花(夏)】
  7. 【新連載】新しい短歌をさがして【1】服部崇
  8. 【秋の季語】流星/流れ星 夜這星 星流る 星飛ぶ 星糞
  9. さういへばもう秋か風吹きにけり 今井杏太郎【季語=秋風(秋)】
  10. 【秋の季語】渡り鳥

Pickup記事

  1. 【冬の季語】悴む
  2. 鳥屋の窓四方に展けし花すゝき     丹治蕪人【季語=花すゝき(秋)】
  3. 「野崎海芋のたべる歳時記」コック・オ・ヴァン
  4. 【秋の季語】秋の蛇
  5. 【結社推薦句】コンゲツノハイク【2022年12月分】
  6. 尺蠖の己れの宙を疑はず 飯島晴子【季語=尺蠖(夏)】
  7. 【春の季語】恋猫
  8. 【秋の季語】カンナ/花カンナ
  9. 茅舎忌の猛暑ひきずり草田男忌 竹中宏【季語=草田男忌(夏)】
  10. 朝顔の数なんとなく増えてゐる 相沢文子【季語=朝顔(秋)】
PAGE TOP