連載・よみもの

松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(1)


【連載】
趣味と写真と、ときどき俳句と
【#13-1】
松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(1)

青木亮人(愛媛大学准教授)


松山出身の高浜虚子が帰省した際、郊外の東野という地を訪れたことがあった。彼は幾つかの文章を書き、句を詠むなどして懐かしがったものだ。

 ふるさとの此松伐るな竹伐るな

 秋の蚊や竹の御茶屋の跡はこゝ

 曼珠沙華故郷の道に踏み迷ひ

作品のみ眺めても句意は取りがたいかもしれない。虚子はなぜ「此松伐るな竹伐るな」と呼びかけたのか、「竹の御茶屋」とは一体……東野が虚子にとっていかなる地か、前回の愛媛のご当地タルトとも少し関連させながら以下に綴ってみよう。

松山城を築き、市街を形成した加藤嘉明が会津藩に転封となり、蒲生忠知が入封するも嗣子のないまま急逝したため、桑名藩から松平定行が新たに入封したのは寛永十二(一六三二)年のことだった。

定行の父の定勝は徳川家康の異父弟であり、つまり定行は家康の甥にあたる。徳川の親藩が中四国に入封するのは初で、関ヶ原や大阪の陣の記憶が生々しい時期でもあり、西国の外様大名への牽制があったという。 実際、定行公が松山に移って二年後に島原の乱が勃発し――松山藩も出兵し、戦闘に参加した――、後に長崎探題職を命じられた際にはポルトガル船が入港して緊張が高まるなど世情が不安定な時期でもあった。ただ、前回の第12回連載で記したようにポルトガル船は国王の代替わりを奏上するための入港で、争いが起きることはなかった。その際、定行公はポルトガル船とのやりとりの際に賞味したという南蛮菓子をお気に召し、松山への帰国時に菓子の製法も持ち帰り、それが愛媛のご当地タルトの始まりとされる。(2へ続く)

【次回は数日内に配信予定です】


【執筆者プロフィール】
青木亮人(あおき・まこと)
昭和49年、北海道生れ。近現代俳句研究、愛媛大学准教授。著書に『近代俳句の諸相』『さくっと近代俳句入門』など。


【「趣味と写真と、ときどき俳句と」バックナンバー】
>>[#12] 愛媛のご当地菓子
>>[#11] 異国情緒
>>[#10] 食事の場面
>>[#9] アメリカの大学とBeach Boys
>>[#8] 書きものとガムラン
>>[#7] 「何となく」の読書、シャッター
>>[#6] 落語と猫と
>>[#5] 勉強の仕方
>>[#4] 原付の上のサバトラ猫
>>[#3] Sex Pistolsを初めて聴いた時のこと
>>[#2] 猫を撮り始めたことについて
>>[#1] 「木綿のハンカチーフ」を大学授業で扱った時のこと



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 神保町に銀漢亭があったころ【第30回】今泉礼奈
  2. 神保町に銀漢亭があったころ【第104回】坂崎重盛
  3. 「野崎海芋のたべる歳時記」あんずのコンポート
  4. 【連載】歳時記のトリセツ(5)/対中いずみさん
  5. 「パリ子育て俳句さんぽ」【10月2日配信分】
  6. 趣味と写真と、ときどき俳句と【#08】書きものとガムラン
  7. 【連載】もしあの俳人が歌人だったら Session#9
  8. 【#26-2】愛媛県南予地方と宇和島の牛鬼(2)

おすすめ記事

  1. 抱く吾子も梅雨の重みといふべしや 飯田龍太【季語=梅雨(夏)】
  2. 後鳥羽院鳥羽院萩で擲りあふ 佐藤りえ【秋の季語=萩(冬)】
  3. 神保町に銀漢亭があったころ【第59回】鈴木節子
  4. 原爆忌誰もあやまつてはくれず 仙田洋子【季語=原爆忌(秋)】
  5. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第13回】神戸と西東三鬼
  6. 神保町に銀漢亭があったころ【第63回】三輪初子
  7. ハイシノミカタ【#3】「街」(今井聖主宰)
  8. 妻の遺品ならざるはなし春星も 右城暮石【季語=春星(春)】
  9. 【春の季語】三椏の花
  10. 牡蠣フライ女の腹にて爆発する 大畑等【季語=牡蠣(冬)】

Pickup記事

  1. 【春の季語】旧正月
  2. 葛の花むかしの恋は山河越え 鷹羽狩行【季語=葛の花(秋)】
  3. シゴハイ【第4回】中井汰浪(「浪乃音酒造」蔵元)
  4. まはすから嘘つぽくなる白日傘 荒井八雪【季語=白日傘(夏)】
  5. 後輩の女おでんに泣きじゃくる 加藤又三郎【季語=おでん(冬)】
  6. あつ雉子あつ人だちふ目が合うて 西野文代【季語=雉子(春)】
  7. 五月雨や掃けば飛びたつ畳の蛾 村上鞆彦【季語=五月雨(夏)】
  8. 薔薇の芽や温めておくティーカップ 大西朋【季語=薔薇の芽(春)】
  9. 「パリ子育て俳句さんぽ」【10月29日配信分】
  10. 【秋の季語】紫式部の実/式部の実 実紫 子式部
PAGE TOP