神保町に銀漢亭があったころ

神保町に銀漢亭があったころ【第42回】黒岩徳将

先輩と後輩

黒岩徳将(「いつき組」所属「街」同人)

「銀漢や後輩は先輩になる」という句を、俳句をはじめたばかりの高校生の時に作った。その時には「銀漢」という言葉を知っていたということになる。俳句をしてないと出会いにくい言葉だ。

大学生になってからは、銀漢亭という場所があることは噂に聞いている程度で、初めて行ったのは2011年8月で、大学3年生だった。神保町の東京堂書店で池田澄子氏・小川軽舟氏・岸本尚毅氏の鼎談があるということで、京都から夜行バスに乗り、現地で関東在住の親友と落ち合って参加した。

そこに神野紗希さん・山口優夢さん・江渡華子さん・野口る理さんが来ていて、二人で挨拶したところ、終わった後に銀漢亭に連れて行ってもらった。

鼎談イベントで関東の俳人たちにいっぺんに会ったことで脳が興奮状態、情報量もパンクしそうになっていたところに噂の銀漢亭に行くことになったものだから、何が何だかわからなかった。

当時、私は21歳で、お酒が飲めるところは大学のコンパで行くような居酒屋しか経験がなかったものだから緊張しっぱなしであった。西村麒麟さんや山下彩乃さん、佐藤文香さんは銀漢亭で会った記憶があるが、何を話したかは全く覚えていない。

奥の席でほんの少しだけビールを飲んだ気がする。この席で今後様々な思い出が生まれるとは思いもしなかった。

翌朝、東京観光のために電車に乗ったらもう一度駅のホームでばったり山下さんにお会いして「東京は奇妙な場所だ」と思った。


最初の銀漢亭体験が鮮烈だったので、2回目以降の順序はあまり覚えていない。2年後に就職内定して、配属面接で東京配属希望を出すもあえなく撃沈、岡山配属になった。

ただ、土日の東京出張業務が入ることが年に7〜8回あったので、その時は阪西敦子さんにお願いして東京の句会や銀漢亭に連れて行ってもらった。当時の阪西さんとのやりとりをFacebookで見返すと、何度も銀漢亭に通ったようだ。

金曜日の銀漢亭で楽しい時間を過ごしてから、深夜に関東の友人に泊めてもらうなど、厚かましいことをたくさんしてしまった。そして、来店したときにはスタッフの方以外では竹内宗一郎さんがたいていいらっしゃった。所属結社「街」に入会したり、東京に移住したりする一つのきっかけになったのだと思う。今では阪西さんと竹内さんたちとは「日本橋ランチ隊」としてランチを食べる活動をしている。

当時は、とにかく、多くの俳人に会って話がしてみかった。京都に住んでいた私の何倍も詳しい人から教わる京都の歴史や旧跡、俳句観のぶつかり合い、大人のお酒の嗜み方とは何か……そういった新しい知識を口伝えによって得たいという気持ちもあったが、岡山から銀漢亭へスーツケースを引き摺り回した原動力は、何よりも焦りだったと思う。

このコミュニティの広さは岡山と関西にはなかった。その時間を句作や読書に当てたほうが良かったのかも知れないが、当時の自分にとっては必要なことだったのだろう。

少しずつ慣れてきたら、先輩俳人とお会いするのではなく、同年代や後輩の俳人、仙台の浅川芳直さんや広島の樫本由貴さんたちが東京に来た時に銀漢亭で迎えたのも忘れ難い(と言いながら、他にも何人かと会った気がするが覚えていない)。

伊藤伊那男さんは、私が行くといつもにこにこと迎えてくださった。一番記憶に残っている食べ物は、月山の筍と、イベントの時に食べることができる焼きそばである。この連載にもお名前が挙がった若井新一さんが銀漢亭に送られた食材も印象深い。お酒をたくさん飲むことのできない私にとってもリラックスできる場所だった。

フランスへ一年滞在することになった千倉由穂さんへ、一関なつみさんと私で壮行会を銀漢亭で企画した(と思ったら安里さん千倉さんがもう書いてくれていた)。終わった後に「いい仲間ですね」と伊那男さんが言ってくださったことが嬉しかった。先輩にお世話になってばかりで、後輩に返していこうとしても銀漢亭はもはやない。別の方法で何かをしていくしかない。


【執筆者プロフィール】
黒岩徳将(くろいわとくまさ)
平成2年神戸市生まれ。東京都在住。「いつき組」所属、「街」同人。


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