俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第28回】草津と村越化石

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【第28回】
草津と村越化石

広渡敬雄(「沖」「塔の会」)


草津は群馬県の最北西部、吾妻郡の標高1200メートルの草津白根山山麓にある。鎌倉時代に温泉が発見され、室町時代から湯治客で賑わい、林羅山が日本三泉と評した湯量は日本最大級の毎分37000リットルの関東を代表する名湯である。 

草津温泉湯畑(草津観光協会)

明治初期に政府のお雇い医師として来日したベルツ博士により、その効用と共に世界に紹介された。草津節と合わせて行う湯揉みは、熱湯を掻き回し温度を下げる入浴治療法。昭和7(1932)年、国立のハンセン病施設「栗生楽泉園」が開園。最大1300名を隔離し治療した。

草津温泉湯もみ(草津観光協会)

白根より吹き越しの風吊るし柿    村越化石

松蟬や白根颪に鳴き揃ふ       前田普羅

ふいてあふれて湯畑の青き澄む    種田山頭火

ベルツ博士像
銅像は永遠に日本の秋日和      水原秋櫻子

落葉松は雪をとどめずさらさら鳴る  大野林火

さはやかに湯もみはじまる板が鳴る  上村占魚

揉まれたる温泉にとゞかざる冬日かな 清崎敏郎

秋深む湯壺みどりに少女容れ     岡本 眸

〈白根〉の句は、第六句集『八十八夜』に収録。「吹き越し」とは草津白根山から颪す北西の寒風と共に飛来する雪粉。「忘れ得ぬ故郷岡部町は、お茶、蜜柑と共に柿も名高い。酒とともに柿が好物だった化石。岡部と草津は化石俳句の二大舞台であり、それを具現化した句」(栗林浩)との鑑賞がある。林火の句は、昭和31年、楽泉園の句会指導の折の作で同時作は〈昏くおどろや雪は何尺積めば足る〉。

村越化石は、大正11(1922)年、静岡県志太郡朝比奈村(現藤枝市岡部町新舟)の庄屋の家に生まれ、本名英彦。昭和13(1938)年、ハンセン病により旧制中学を中退し、「化石」の俳号で作句を開始。16年、結婚した妻と共に栗生楽泉園に入所した。24年、27歳で「濱」に入会し、師事した大野林火から、同園の「栗の花俳句会(後の「高原俳句会」)での指導を受け始める。

草津栗生楽泉園(国立診療所栗泉園)

同三十年、左眼の視力を失うも、三年後の三十三年、三十六歳で、「山間」五十句により第四回角川俳句賞を受賞した。三十七年、第一句集『獨眼』を上梓した後、四十五年には右眼の視力も失う。四十九年、第二句集『山國抄』で第十四回俳人協会賞を受賞した。同五十七年には師大野林火が逝去する悲しみの中、第三句集『端坐』で第十七回蛇笏賞を受賞し、六十三年の第四句集『筒鳥』で第四回詩歌文学館賞も受賞した。

その後、『石と杖』、『八十八夜』と上梓している。平成十四(二〇〇二)年、八十歳の折、六十余年ぶりに岡部町に帰郷し、〈望郷の目覚む八十八夜かな〉の句碑が、道の駅「玉露の里」に建立された。十九年には第八句集『八十路』で第八回山本健吉文学賞を受賞後、同二十六(二〇一四)年三月八日、栗生楽泉園にて九十一歳で逝去。句集は他に『蛍袋』『団扇』『籠枕』がある。

「化石は生涯を通じて恨み辛みは一言も言わず、いつも故郷を胸に、山国の日常の命を詠った俳人だった。初期の作品は、強い調子で病と万感をこめて母や自然を詠み、晩年は平明に、安寧に、今ある自分を肯定し、まわりに感謝し、自然と人を詠み続けた」(栗林浩)。「化石の句は明るい。絶望の淵を彷徨うような句はない。俳人化石の心眼は一貫して清明であり、その生涯はまことに健やかであったと言える」(宇多喜代子)。「筆舌に尽くし難い苦難を克服して得た明るく透明な世界がそこにある」(大串章)。「俳句に救いを求めるのではなく、俳句に命を与え続けた俳人」(片山由美子)。

「怨嗟や諦念とはほど遠い澄んだ句境=『水の観照』(水の様に自然と一体となって実相を捉える)。師大野林火ゆずりの叙情性も最晩年まで変わらず、対象の本質を描くのは『心照』に依った」(角谷昌子)。「小さな生命への共感、自然への慈しみ等魂の俳人と呼ぶにふさわしい稀有の作品を残した俳人だった」(林誠司)。「両眼の光を失い、両手の自由を奪われ、聴力も弱まっても時を惜しんで一心に俳句に励む真の俳句作家」(三浦晴子)。「化石俳句は、『勁さ』と『温かさ』の相反する二つの要素が見事に溶け合い、無欲の境地の句境である」(田中亜美)。「化石の句が清々しいのは、今日一日を生き得た喜びが勁く経糸となって貫いているからで、生命の尊厳への認識がその底に清冽に流れているからだ」(外山一機)等々の評がある。 

癩人の相争へり枯木に日

除夜の湯に肌触れあへり生くるべし

鳥けもの喜雨山中に出て逢へや

やんまの眼きびきび仕事したきかな

闘うて鷹のゑぐりし深雪なり

生きねばや鳥とて雪を払ひ立つ

雁渡し山脈力集め合ふ

天が下雨垂れ石の涼しけれ 

籠枕眼の見えてゐる夢ばかり

師との間水のごとしよ夕端居

筒鳥や山に居て身を山に向け

山眠り火種のごとく妻が居り

向ふから俳句が来るよ冬日和

正座して心水澄む方へ行く

生きてゐることに合掌柏餅

六十年ぶりに帰郷
茶の花を心に灯し帰郷せり

見ゆるごと蛍袋に来てかがむ

湧くものを待たむ泉に来て屈む

もう行けぬかもしれぬ森雪が降る

冬ぬくし背を撫でくるる姉の居て

林火忌のこの道行くに泉あり

花野行く行き着く先に浄土あり

曼珠沙華わが母の他母在さず

色鳥や心眼心耳授かりて

俳句を通じて、生き抜く力を得た化石は、生き物への共感と故郷への思いを詠う。それを貫いた澄み切った俳句が多くの人に感銘を与えたからこそ、俳壇のすべての賞を受賞し得たに違いない。又師林火との強い信頼関係もその礎にある。        

(「青垣」31号より加筆再編成)  


【執筆者プロフィール】
広渡敬雄(ひろわたり・たかお)
1951年福岡県生まれ。俳人協会幹事。句集『遠賀川』『ライカ』(ふらんす堂)『間取図』(角川書店)。『脚注名句シリーズⅡ・5能村登四郎集』(共著)。2012年、年第58回角川俳句賞受賞。2017年、千葉県俳句大賞準賞。「沖」蒼芒集同人。「塔の会」幹事。著書に『俳句で巡る日本の樹木50選』(本阿弥書店)。


<バックナンバー一覧>

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【第26回】小豆島と尾崎放哉
【第25回】沖縄・宮古島と篠原鳳作
【第24回】近江と森澄雄
【第23回】木曾と宇佐美魚目
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