【連載】もしあの俳人が歌人だったら Session#9

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【連載】
もしあの俳人が歌人だったら
Session#9


このコーナーは、気鋭の歌人のみなさまに、あの有名な俳句の作者がもし歌人だったら、どう詠んでいたかを想像(妄想)していただく企画です。今月取り上げる名句は、中原道夫さんの〈ふたたびの銃聲寒夜貫通す〉。この句を歌人のみなさまはどう読み解くのか? 今月は、鈴木晴香さん・ユキノ進さん・服部崇さん、の御三方にご回答いただきました。


【2021年12月のお題】


【作者について】
中原道夫(1951-)は、新潟生まれ。多摩美術大学卒業後、博報堂に入社して社内の同好会で俳句をはじめる。1982年に「沖」入会。1989年に第1句集『蕩児』で俳人協会新人賞、1993年には第2句集『顱頂(ろちょう)』で俳人協会賞受賞。1998年より「銀化」主宰。発表句は旧漢字を使用。慣用句をふまえた句や見立ての句を得意とする。海外詠も多く、既発表の国外での句を集めた第13句集『彷徨(ふらつく)を2019年に刊行。


【ミニ解説】

12月ともなれば、いよいよ冬本番です。月末にはクリスマスや大晦日を控え、新年を迎えるための年用意をする方も多いことでしょう。忘年会シーズンでもあり、「師走」とはいえ、先生でなくても時間が足りず忙しく感じられるもの。

しかし、寒い時期は楽しいことだけではありません。12月は年間でもっとも交通事故が多い月です。日が短くなるため、歩行者の発見が遅れたりすることも一因ですが、年末に近づくにつれて焦りが感じられることもあるのでしょう。北国では、雪の事故や暖房機器をめぐる中毒なども発生します。

掲句は、「ふたたびの銃聲」。

いったい何があったのでしょうか。

銃刀法のある日本では、暴力団の抗争くらいしか可能性がありませんが、実はこの句、2015年に起こったパリの同時多発テロ事件を題材にした作品です。死者130名、負傷者300名以上を生んだ大惨事でした。

あの日は、パリ郊外のサン=ドニにある「スタッド・ド・フランス」という競技場で、男子サッカーのフランス対ドイツ戦が行われていました。夜の9時ごろ、その周辺で自爆テロがあり、ほぼ時を同じくして、パリ中心部で音楽のコンサートが行われていたバタクラン劇場(ここはかつてきゃりーぱみゅぱみゅやPerfumeも公演を行ったことがある場所です)で銃乱射が起こって観客89人が死亡したのです。

作者の中原道夫は、世界各地への旅をライフワークとしている作家ですが、このときちょうど、パリへの旅を結社の仲間たちと予定していました。渡航直前に起こった事件のため、ほとんど仲間はパリ行きの中止を決断するも、中原道夫は数名の仲間と予定どおり、パリに渡ったのです。そんなわけで当時、演劇を学ぶ学生としてパリで生活をしていた筆者は、テロの数日後、だれも歩いていない寒々しいパリの中心部で、中原さん一行と吟行をご一緒する貴重な機会に恵まれたのでした。

中原は、のちに『一夜劇』という句集を刊行し、あとがきにこう記しています。「日頃から日常から非常への切り替へである「旅」をこよなく愛して来たが、今回の「旅」は、非常の中へ、更に経験したことのない〝テロ〟といふ非日常が加はり、凡そ現実味のない絵空事、仕組まれた〝劇中劇〟の中にゐるやうな興奮を味はつた。主謀者の潜んでゐた〝隠れ家〟から然程離れてゐない所に私の宿はあり、その距離から当然緊張は強ひられた。しかし同時に妙に弛緩した〝空気〟が漂つてゐたのは慥か。そんな事態の中でも界隈のり場ではイスラム系の犯人と同じ人種の人達が店を開け、客を入れ何事もなかつたやうに営業してゐる。本当に〝テロ〟はあつたのだらうかと思ふやうな日常の風景。彼等にとつて多数派のイスラム教徒としての誇りはあり、埒外の、しかし予測出来うる「一夜劇」だつたのではないか」。

けっしてパリだけではないと思いますが、冬のひりひりとした空気は、何らかの出来事が生まれる直前の緊張に満ちています。そのような緊張感と、クリスマスや忘年会の「弛緩」は、表裏一体なのでしょう。

中原自身は、パリでのテロを体感したわけはありません。しかし、フランスの友人などから「生の声」を聞き、そしてその直後の、静まり返りながらも賑わう街に身を置いたあとでつくられたこの句には、創作でありながらも生々しさが感じられます。銃声は、きっと何かのはじまりを告げているのです。しかし、それが何のはじまりだったのか、わたしにもまだわかっていません。



掲出句が2015年のパリの同時多発テロ事件に取材した作品だとは知らなかった。当時、私はパリにいた。大勢がテロの犠牲になった。同僚や友人が巻き込まれたりしなかったかどうか確認に奔走した。事件の後はセキュリティのレベルが目に見えて上がった。

テロ、テロリズムの語源はフランス語のterrorisimeで、フランス革命の際のジャコバン派による恐怖政治(La Terreur)に由来することを当時、知った。思想や信条、宗教の違いによって暴力行為に至ることは、フランス革命から世界に輸出されて形を変えてフランスに戻ってきたか、と不適切な想像をした。

なぜ世界でテロ事件が後を絶たないのか、根本的な解決につながる方策はあるのだろうか。バタクラン劇場に花をたむけながら、当時、そんなことを考えていた。テロ事件はその後も世界の各地で頻発している。テロリズムに詩歌の力で対抗することはできるのだろうか。虚しさにとらわれながらも空を見上げる。

(服部崇)



ふたたびの京都、という感じがする。毎朝。

京都はずっと遠くにある。小学生の頃に家族で訪れた、中学校三年の修学旅行で来た、あの張りぼてみたいな観光地の京都のイメージが更新される様子がない。もう十年も京都で仕事をしているのに、その中にある日常はほとんど偽物のようだ。

***

冬の道を歩く。コンクリートが氷みたい。冷たいという躰の感覚が、過去をいくつも引き摺り出してくる。雪の日。まだ小学生だった。手袋をした手に握っていたはずの五百円玉がいつの間にかこぼれ落ちていて、来た道を戻っても雪に埋もれて何も見えない。父にもらったばかりの五百円だった。悲しいような申し訳ないような、五百円よりもずっと高価なもの失ってしまった気がした。それにしてもあれは何のための五百円だったんだろう。

思い出が、弾丸となって私の躰を貫通して、あっ。と声を出してしまう。私の手から、あの五百円玉は何度でもこぼれ落ちる。

***

京都で迎える十回目の冬。私はふたたび、手を握る。

(鈴木晴香)



銃声を聞いたことがない。戦争はもちろん犯罪の現場にも遭遇したことがない。ハワイやグアムでは観光のアトラクションとして射撃を体験できるそうだ。国内でもスポーツとしての射撃を安全に観戦する機会もあるだろう。でもいずれにしてもそういった場にも居合わせたことがない。銃声はいつもテレビや映画の中のものだ。

戦争や革命のない時代を生きることは幸せなことだと思っていた。戦争は怖いし革命を必要とするほどの不平等な社会を生きるのはつらい。自分たちの生きる時代は幸運にも平和で公正な社会となっている、そう思っていた。しかし近年明らかになってきた通り先進国においても80年代以降格差は拡大していて現在は戦前のレベルを超えている。またかつて世界で最も豊かな国のひとつであった日本では貧困が社会問題となっている。そして近年の研究が明らかにしたのは戦争や革命のない限り貧富の差は拡大し続けるという残酷な事実だ。銃声を聞かない時代がほんとうに幸せな時代であるのか疑わしくなってくる。

いつか自分は早朝の都市に響く銃声を聞くことになるのだろうか。

(ユキノ進)


【ご協力いただいた歌人のみなさま】

◆服部崇(はっとり・たかし)
心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)
Twitter:@TakashiHattori0

◆鈴木晴香(すずき・はるか)
1982年東京生まれ。慶應義塾大学文学部英米文学専攻卒業。塔短歌会所属。雑誌「ダ・ヴィンチ」の連載「短歌ください」への投稿をきっかけに短歌を始める。歌集『夜にあやまってくれ』(書肆侃侃房)Readin’ Writin’ BOOKSTOREにて短歌教室を毎月開催。第2歌集『心がめあて』(左右社)が今月発売!
Twitter:@UsagiHaru


◆ユキノ進(ゆきの・すすむ)
1967年福岡生まれ。九州大学文学部フランス文学科卒業。2014年、第25回歌壇賞次席。歌人、会社員、草野球選手。2018年に第1歌集『冒険者たち』(書肆侃侃房)を刊行。
Twitter:@susumuyukino




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