神保町に銀漢亭があったころ

神保町に銀漢亭があったころ【第27回】安里琉太

チャプチェがうまかった

安里琉太(「銀化」「群青」「滸」同人)

銀漢亭に行ったことは、実のところ数えるほどしかない。何か大切なことがある日に、誰かに誘われて行くところ。思い返すとそんな気がする。

飲んで帰るから記憶はだいたい曖昧だ。とはいえ、初めて行った日は判っている。2015年1月13日だ。

日記などつける性質ではない私が、なぜこうも断言できるのかというと『銀漢』の巻末に付されている連載「銀漢亭日録」に目を通したからだ。その日、銀漢亭に誰が来たのか、何が催されたのか、俳人の交流が見て取れる。

ちなみに、『銀漢』のバックナンバーは、ある程度ネットでも読めるようだ(https://ginkan-haiku.sakura.ne.jp/back.html)。

2015年1月13日(火)
ようやく年賀状投函。新宿駅にて武田編集長に二月号の校正稿渡す。店、礼奈さんが琉球大学生で「銀化」同人の安里琉太君連れてくる。…(略)…(『銀漢』2015年4月号より)

『銀化』の新年大会で新人賞をもらうために上京した。この日は昼頃から古本を思う存分漁って、その後、俳句甲子園で同期だった今泉礼奈さんに連れて行ってもらった。

店内に入ると、シュッとした伊那男さんがカウンターに立っていた。少し話した後に、私は沢木欣一のことや『風』の標榜した「風土」についてあれこれ質問しはじめた。

沖縄には、『万象』、『山繭』、『りいの』、『風港』、『春耕』など、沢木欣一が主宰した『風』の流れを汲む結社に所属する俳人が多い。その多くが「風土」を標榜するが、よく聞くとそれぞれの「風土」の言説は微妙に違っている。場合によっては、「風土」は「写生」と関連して語られることがある。今思えば、かなりの質問攻めで失礼だったかもしれない。

当時、私は、『りいの』『万象』同人の前田貴美子さんがやっている那覇市西町の「ふう」というバーで開かれる句会に月一で出ていた。「ふうに来なかったら、俳句なんて一生書かなかったはずなのに」と言いながら、欠かさず句会に来る人達がいる。

銀漢亭も誰かにとってそういう場所なのだろうかと考えたりしていた。そんなことを考えていたら、伊那男さんが「お腹すいているだろう」と、春雨を炒めたチャプチェのようなものを出してくれた。うまかった。腹いっぱいになった。

2018年4月13日(金)
橋野幸彦さん、友人と。若手の安里琉太君。あと超閑散21時半に閉める。(『銀漢』2018年6月号より)

この日は、たしか『群青』の鈴木総史君と行った。一時間くらい。楯野川を飲んだ気がする。チャプチェが相変わらずうまかった。

2018年7月19日(木)
黒岩徳将さん幹事で本阿弥書店の千倉さん、仏留学の送別会。12人ほど。入れ替わりに「銀漢句会」あとの19人。私の句集出版の祝いとてヴーヴクリコ2本開けて乾杯して下さる。(『銀漢』2018年10月号より)

『小熊座』の千倉由穂さんがパリに旅立つことになった。会の終わりに、高野ムツオさんから届いたビデオレターが流された。すごい盛り上がりだった。チャプチェがうまかった。

2020年1月27日(月)
角川新年会のあと、角川賞受賞の西村麒麟君の受賞祝賀会。西村夫妻を囲み50人超が集まる。岸本尚毅、四ツ谷龍、高橋睦郎、小島健屋内修一、鴇田智哉、角川の立木編集長、武藤紀子、今井肖子、鳥居真里子さん……。(『銀漢』2020年4月号より)

新年会会場の東京會舘から高橋睦郎さんと四ツ谷龍さんとタクシーに乗り合わせて銀漢亭に向かった。助手席に座って、後部座席で交わされる荷風の話や歌舞伎の話を聞いていた。そのあと、銀漢亭で、私が睦郎さんの前では猫をかぶっていると誰かが言いはじめた。すると睦郎さんが、「君、それは大変なイリオモテヤマネコだね」と言った。みんな笑っていた。私も笑っていた。その日は、チャプチェの前にもう腹いっぱいになっていた。

【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生れ。「銀化」「群青」「滸」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)


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