服部崇の「新しい短歌をさがして」

【第24回】新しい短歌をさがして/服部崇


毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。



【第24回】
連作を読む-石原美智子『心のボタン』(ながらみ書房、2024)の「引揚列車」


 「連作」とは何か。岩波現代短歌辞典(1999)の「連作」の項目は俵万智が担当している。次のように書かれている。

 数首以上の短歌を並べて、意識的に一つのまとまった作品として提示したものをいう。(中略)
 連作の効能としては、数首まとまることによって、複雑な背景が伝えられること、前後の歌との響き合いによって、一首だけでは得られない味わいが得られること、などがあげられる。(中略)ただし、その効用は諸刃の剣でもある。ただ背景を説明するための詞書(ことばが)き的な一首や、連作の中でしか理解されないものなどは、魅力的な歌とは言いがたい。一首一首が独立した耀きを持ちながら、それらがまとまることによって、さらに深い味わいが生まれる-それが連作の醍醐味である。(後略)

俵は、①意識的であること、②背景を伝えていること、③前後の歌との響き合いがあること、を連作の特徴として挙げている、と言ってもよいであろう。

連作について考えるに当たって、石原美智子歌集『心のボタン』(ながらみ書房、2024)の中に収められている「引揚列車」の一連が目にとまった。同歌集の著者略歴には、昭和十年宮崎県延岡市生まれ、心の花会員、牧水研究会会員、とある。また、あとがきには次のように書かれている(170頁)。

(前略)小学校に上がる前に台湾の台北に家族で渡り、終戦を迎えた十歳のとき家族とともに日本に引き揚げてまいりました。当時を思い出すと、今でも辛く厳しい日々のことがひりひりと思い出されます。(後略)

「引揚列車」は、終戦に伴い台湾から引き揚げて来た動乱期の頃を思い出しながら詠った一連である。連作を次の十四首から構成されている。

昇れどもはてしなき坂ひと世には八十路すぎしもまだ坂がある

若き等に伝へむことのむづかしさ戦中戦後のはげしき動乱

台北に過ごしし日々は夢のごとし幸せ山ほど脳裡にのこる

終戦後民はおきざり民われら自分の力ではひあがりきし

苦しみは狭き日本に山ほどの外地住まひがもどされしこと

台湾より乗りつぎて来し引揚列車帰れる故郷は焼野原なりき

敗戦の何もわからず幼き日ひもじき思ひの今も忘れじ

六人の子に分けくれし卵ひとつ貧しき戦後の母を思へり

来し方の目の覆ひたき世界あり戦争の後先まづしき日本

引揚の子にはきびしき敗戦時いつも見てゐた御飯の夢を

物のなき戦後の暮らし空瓶の折々の野花挿しくれし母

山ほどの喜怒哀楽の日々ありてさびしき顔の多かりし昔

なまぐさき風は周囲を包みきて時代は匂ひを流してゆきぬ

罪のなき民の犠牲を忘るるなヒロシマのことナガサキのこと

冒頭の一首目、現在の自分の年齢をおおよそ明らかにする(八十路すぎし)とともに、人生を長いスパンで振り返ることを「はてしなき坂」に託して示している。結句では現在から未来へ向かう視点が見受けられる。二首目は、現在の視点に立って、戦中戦後の当時の動乱を今の若い世代に伝えることが難しいとを詠っている。三首目になって、台北という地名が盛り込まれる。台北で過ごした頃の幸せな日々を思い出している。

四首目から六首目では「引揚」を詠っている。四首目、敗戦後の民となった者たちが自らの力で生き残らなければならなかったことを批判的に詠っている。五首目、日本に外地住まひが戻された、すなわち、引揚を「苦しみ」と詠っている。そして、六首目、連作のタイトルである引揚列車が出てくる。台湾という地名が出ている。台湾から九州へは船であろうから、九州上陸後に列車に乗ったのであろう。故郷は焼野原であったという。

七首目からは当時の思い出が具体的に詠われる歌が置かれている。中には、当時の有りようを大きく捉える歌が置かれている。七首目、ふるさとに戻ってからのひもじい思いを今も忘れていないことを詠う。八首目、当時の母の思い出を詠う。母は卵を六人の子に分け与えた。九首目、戦争の後先において日本は貧しかった。少し大柄な歌。十首目、御飯の夢をいつも見ていた。敗戦後、空腹な時を過ごした。十一首目、再び当時の母の思い出を詠う。母は瓶に野の花を挿してくれた。

連作の終盤、十二首目から十四首目では、当時を総括し、現在の自分がそこから伝えたいことを歌にする。十二首目は当時の総括。山ほどの喜怒哀楽の日々と詠っている。十三首目ではそれを「時代」と括る。時代を流していった風。連作の最後に置かれた十四首目では原爆を取り上げる。罪のなき民の犠牲を忘れてはいけない、とした。

 以上、石原美智子『心のボタン』に収められている「引揚列車」を読んでみた。以下では、「引揚列車」との関連で、俵が挙げている連作の特徴である、①意識的であること、②背景を伝えていること、③前後の歌との響き合いがあること、の三点について思うことを述べたい。

俵がいう連作の特徴の三点のうちの第一点である「①意識的であること」については、歌集の編纂作業を通じ「引揚列車」が意識的に連作として構成されていることは明らかである。他方、どのように意識的であるべきかについては俵は明らかにしてくれていない。連作全体としての構成、連作におけるそれぞれの歌の役割などは掘り下げるべき点が多々あるように思われる。

俵がいう連作の特徴の三点のうちの第二点である「②背景を伝えていること」については、一首目で現在の自分の年齢、二首目で戦中戦後の時期設定、三首目で台北という地名の明示、四首目で終戦後、五首目で「外地住まひ」、六首目で台湾からの引揚、と一首毎に背景が明らかにされていく。その上で、母の思い出を中心に当時のことを歌に取り上げていく。俵が指摘するように、詞書き的な一首とならないようにすることの重要性が思われる。

俵がいう連作の特徴の三点のうちの第三点である「③前後の歌との響き合い」については、「引揚列車」においては、内容的に一体感のある歌が配列されていることもあって、前後の歌との間には一種の響き合いが生まれている。たとえば、六首目では焼野原となった故郷を詠い、七首目では敗戦後の「ひもじき思ひ」が詠われる。他方、どのようにすれば「前後の歌との響き合い」が効果的になされうるのか、さらには「前後の歌との響き合い」が連作全体においてどのような効果を上げるのか、についてはより深い考察が必要となる。


石原美智子歌集『心のボタン』

定価:2,750円(税込)

ISBN978-4-86629-333-2

許せぬが許すにかはる変換キー心のボタンを少しずらして

石原美智子さんに会うと、温かな笑顔にこちらの気持ちまで優しく温かくなる。

私だけでなく他の人もそうである。だから友だちもファンも多い。だが、石原さんが穏やかな表面と別の渾沌とした鋭い内面を当然ながら秘めていることをこの歌集は教えてくれる。「心のボタン」をいつも調節して生きている「心の苦労人」なのだとあらためて思う。彼女が苦楽を味わいながら過ごしてきた長い時間、家族とともに過ごしてきた濃密な時間に想いを致す一冊である。

伊藤一彦 帯文


【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【23】「越境する西行」について
【22】台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021) 
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして


【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。

Twitter:@TakashiHattori0

挑発する知の第二歌集!

「栞」より

世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀

「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子

服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 【連載】新しい短歌をさがして【9】服部崇
  2. 神保町に銀漢亭があったころ【第100回】伊藤政三
  3. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2022年7月分】
  4. 【第6回】ポルトガル――北の村祭と人々2/藤原暢子
  5. 趣味と写真と、ときどき俳句と【#10】食事の場面
  6. 趣味と写真と、ときどき俳句と【#11】異国情緒
  7. 【連載】新しい短歌をさがして【6】服部崇
  8. 【#46】大学の猫と留学生

おすすめ記事

  1. 海鼠切りもとの形に寄せてある 小原啄葉【季語=海鼠(冬)】
  2. 【結社推薦句】コンゲツノハイク【2021年5月分】
  3. 【冬の季語】冬木
  4. 【クラファン目標達成記念!】神保町に銀漢亭があったころリターンズ【13】/久留島元(関西現代俳句協会青年部長)
  5. 「けふの難読俳句」【第5回】「蹇」
  6. おほぞらを剝ぎ落したる夕立かな 櫛部天思【季語=夕立(夏)】
  7. 【秋の季語】茘枝 / 苦瓜・ゴーヤー
  8. 【春の季語】葱坊主
  9. 大空に自由謳歌す大花火 浅井聖子【季語=大花火(夏)】
  10. 青年鹿を愛せり嵐の斜面にて 金子兜太【季語=鹿(秋)】

Pickup記事

  1. ラベンダー添へたる妻の置手紙 内堀いっぽ【季語=ラベンダー(夏)】
  2. 蔓の先出てゐてまろし雪むぐら 野村泊月【季語=雪むぐら(冬)】
  3. コンビニの枇杷って輪郭だけ 原ゆき
  4. 花言葉なき一生を水中花 杉阪大和【季語=水中花(夏)】
  5. 虹の後さづけられたる旅へ発つ 中村草田男【季語=虹(夏)】
  6. 氷に上る魚木に登る童かな 鷹羽狩行【季語=紅梅(春)】
  7. 敷物のやうな犬ゐる海の家 岡田由季【季語=海の家(夏)】
  8. 銀漢を荒野のごとく見はるかす 堀本裕樹【季語=銀漢(秋)】
  9. 向いてゐる方へは飛べぬばつたかな 抜井諒一【季語=飛蝗(秋)】
  10. 【秋の季語】赤い羽根
PAGE TOP