【連載】新しい短歌をさがして【16】服部崇


【連載】
新しい短歌をさがして
【16】

服部崇
(「心の花」同人)


毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。


青と白と赤と

大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)を読んだ。大塚は北海道札幌市に住んでいる。「トワ・フルール」と「心の花」に所属している。

2014年に出版された第一歌集『レインドロップ』(旭図書刊行センター、2014)には「トワ・フルール叢書」と明記されていた。「トワ・フルール」については、ホームページ(https://3fleurs.jimdofree.com/)に次のような説明が載っている。

トワ・フルールは2011年に札幌で結成された短歌同人です。
毎月1回の歌会と年2回の同人誌Trois Fleursの発行を主な活動としています。
20代から80代まで、年齢も歌歴も幅広いメンバーで活動しています。
札幌市外、道外からの参加者もいらっしゃいます。

さて、『くうそくぜしき』には、色を詠った歌が多く載せられている。「青」、「白」、「赤」の歌をいくつか引いてみる。

「青」の歌をいくつか。

食卓に空置きたくて買ってきたフエルト製の青のコースター 45
春は青 雲を透かして見る空に冬の終わりを告げられている 48
雪虫はほのかに青いかげを負いめいめいはこぶひとつぶの冬  73
またひとつ薄青(うすあお)の糸を使いきり青の世界が増えるまたひとつ 176

大塚は「青」にひかれているのだろう。「青」の歌は集中に極めて多い。一首目、コースターの色に青色を選んだ。理由は空が青いから。二首目も空の青。「春は青」と季節の色のイメージを差し出す。おそらく冬は白。とはいえ、三首目の雪虫は青いかげを背負っている。四首目、ひとつまたひとつと青の世界が増えてゆく。

「白」の歌をいくつか。

揮発性の祭をひとつ終わらせて右から落とす白のマニキュア  45
白布に刺しゆく白の刺繍糸のようにか弱いこころ束ねる    63
冬の朝の暗さと白さカフェオレの冷めきる前に君は出てゆく   76
雪の朝の眩しい白はカーテンの向うことことうどんを煮込む  81

集中には「白」の歌も多くみられる。一首目、マニキュアの色は白。祭の期間は限られている。これを「揮発性」と呼んだ。マニキュアと縁語。二首目、布と糸の色は白。白色にか弱さをイメージしている。三首目、冬は白。カフェオレの色が混ざりちょっと不穏な気配を感じる。四首目、雪の白。うどんを朝から食べる。

「赤」の歌をいくつか。

休日は赤糸 チェーンステッチのカレンダー刺し過ごす年の瀬  46
赤信号の男が不意に帽子とり挨拶をする 涼しい秋だ   66

「赤」の歌は少ない。一首目、休日、年の瀬に赤色の刺繍糸を用いている。赤は普段使いの色ではないことが示されている。二首目、信号は赤。赤信号の男という言葉の凝縮が不思議な雰囲気を作っている。

大塚は本歌集では「小見出しを細かくつけるのではなくテーマ別に歌をまとめた」(あとがき、184頁)。18のテーマは「Life」、「Family」、「You」などすべて英単語一つで示されている。「Color」もある。テーマ別に分かれているが、どのテーマであっても、「さみしさ」、私と世界との距離が描かれている。

ハムスターのため息ほどのさみしさを人差し指にいつも持っている  63
さみしさとさむさは似ている川沿いの雪降る道をレジ袋飛ぶ  73
サの音に精一杯のやさしさをこめてさよなら尾花が揺れる   121

一首目、刺繍をする際にもいつもさみしさを抱えている。それは「ハムスターのため息ほどの」小さなさみしさであっても。二首目、「さみしさ」と「さむさ」の関係が提示される。どちらもサ音で挟まれた単語である。この一首、レジ袋の具体が効いている。三首目、サ音は「やさしさ」、「さよなら」にもある。

わたしと世界との距離は次のような歌において意識される。

本当の世界とわたしの世界とを隔ててくれるしましまの傘   153
あなたには見えない光を見るときのわたしもしくは世界の誤作動 161
訂正の箇所に貼られてゆく付箋 付箋まみれのわたしの身体  156
通り雨に傘を開けば台本の通りに生きている心地する     93

一首目、本当の世界とわたしの世界。この二つの世界を隔てるものは「しましまの傘」。「隔ててくれる」という表現からは「本当の世界」への恐れも感じられる。二首目、わたしの世界でわたしに見えるものがあなたには見えない。しかし、それをわたしは「世界の誤作動」と把握する。三首目、「付箋を貼られてゆく」=「傷を負わされてゆく」という身体感覚がみられる。四首目、それは「台本の通りに」動かされている感覚につながる。

溶けたくらげもきっと混じっているだろう海辺の雨は傘を鳴らして  165
流星は燃え尽きる石 足元の小石よいつか燃えたいですか   107
もうずっと転がっている空き缶のコレカラココカラこころ閉ざすな 9

一首目、雨には「溶けたくらげ」が混じっているという。混じっているかもしれないが、それを意識したことはなかった。二首目、足元の石に「燃えたいですか」と聞いている。「燃え尽きる」ことを意識している。最後、三首目に掲げた歌は本歌集の冒頭に置かれた一首。「コレカラココカラ」のコの音が「こころ」を導いている。結句の「こころ閉ざすな」の命令形が自分に向けられていることは明らかなように思う。転がり続けるのはたいへんではあるが、そこから得られるものを楽しんでもらいたい、と思った。


【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】

【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021) 
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして


【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。

Twitter:@TakashiHattori0

挑発する知の第二歌集!

「栞」より

世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀

「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子

服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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